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第1話

 水無月のころの、木天蓼(またたび)()のようだと思った。  鮮やかな青葉(あおば)の末から、初花(はつはな)の兆しに感づいて、真っ白に染まっていく。  その、木天蓼の葉。  微熱(びねつ)の残るからだが大きく上下を繰り返す。その腹に滴る白いものを指に絡めて、月丸(つきまる)は漠然とそんなふうに思った。  つる状の花枝の先に梅の花に似た、清楚で可憐な雄花が芽を吹く。清純な貌をした花とはよほど違う。月丸のからだのうちで結びつくのは、虫が卵をうみつけた醜い虫瘤(ちゅうえい)の実。  葉っぱが白いのは、虫をよぶためだという。  だから月丸も、白く染まるのだ。  放たれた精の卵が、やわい肉の内側で孵化し、うようよと気味悪く蠢いている気がする。  夜半、その痛みと吐き気に恐ろしい思いをするが、今夜だけは、甘い蜜をにじませた果実が実ったらしい。  月丸は視界の端に男の姿をとめた。  ほんの少し前の情交の名残さえ興味を失ったらしい男は、ゆったりと煙管を含み、物憂げな口もとからたっぷりと煙をはいていた。  白い月明かりに照らされて、男の口の端からつむがれる煙りが、波を描いて銀の糸のようにのぼっていく。  開放的な姿で座るその異様さが、際立っていた。  引き締まった肉が、月丸をすっぽりと覆ってしまうほどの大きさであるためだった。密林の翳深い茂みの奥で玉座を統べる、黒い、豹のような男。  冷ややかな漆黒の瞳がまっすぐ、暗やみをにらみつけている。  獣というよりはむしろ、綺そのもの。斑綺(まだらあや)の美しい(ひょう)の男。  万葉を口遊む気品たつ唇は、卑猥な言葉などしらないのだろう。そんな、初心なふうにもみせる。  寡黙とは、少し違う。肩にひっかけた衣のせいである。鬱々と沈んだ深緑(ふかみどり)の衣が、彼に年と不釣り合いな貫禄をうえつけている。そのせいでひどい年寄りにもみえた。  汗の引いた身体に寒気をおぼえて、脱ぎ捨てた衣に手をのばす。と、腹の白いのを忌々しくぬぐった。  男は始末をせず物のように放って転がしたまま、視線も合わせようとしない。  船に乗りこんできたときから、どこか自失とした感があった。  薫香(くんこう)をかおらせた身体に汗のにおいひとつさせず、上等な衣をさっさと脱ぎ捨てたが、ほとんど感情の読み取れない冷たい顔は、情欲を訴えるようでもない。だから、下から覗き込んだ瞳が一瞬、月丸の心の内を見透かすようにかすめ取っていったときは、心臓がとまるほど驚いた。  性急な質なのだと黙って従ったが、うんとも悪いとも言わない客は、初めてだった。  船縁に寄りかかる男をみやり、女の扱いに慣れていると、直感的に思う。  帯の解き方から、衣の開き方、手つきはやわく、情をそそる。爛熟した花実を味わうような唇が、月丸の股の下のほくろに甘くすいついた。  恥ずかしい姿にさせられていると、顔が熱く火照ったのも、彼だけである。  肌があわさるほどに乳香のかおりはこくたちのぼり、そのかおりが心を狂わせてやまない。ゆっくりと、おぼろ月夜のやみの中で、その熱と香りを静かに感じたいと願ったほど。胸をからげる芳気に、溺れたのだ。  だから思わず達してしまった。  ぞっとした。  これでは、身体を求めるやつらと同じこと。せめてやつらよりは人らしくあろうとしていたのに。

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