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後夜
部屋に戻り、御影と一緒に勉強を始めて一刻すぎたほどだろうか。僕は問題を解いて、御影が答え合わせをする。その作業の繰り返しの中、御影が口を開いた。
「なぁ、颯太」
「どうしたの?」
「やっぱり今日なんかあっただろ。普段しないようなミスばっかりしてる。」
御影は鋭い。おっとりしている雰囲気だが、察しが良い。よく幼い時に具合が悪かった時も御影はすぐに気が付いてくれたっけ。
そんなどうでもいいことばかり頭を埋めていく。
「……なにも、ないよ。もしかして疲れてるのかも。ごめんね、自分から誘ったのに。」
「別に、勉強はいつでもできるだろ。でも、颯太が思いつめているような気がして……心配なんだ。」
御影の真っ直ぐな視線に僕は目を逸らすことしかできない。どうにか気を紛らわそうとしてペンを机に置く。この際はっきり言ってしまった方がお互い、楽になるのかな。でも、もし。御影に距離を取られてしまったら。それが怖くてうまく口を開けない。
「あのね、御影」
一緒に居たいと思う彼の名を呼んで、一息つく。空気が重たい。脈が上がっていくのを感じて、焦る。が、言葉が出ない。その間も御影は待っていてくれた。
「うん」
「僕、立花家からお見合いの話が来てるって、さっき父さんに言われたんだ」
「立花家か……たしかに、常世家との相手にはふさわしいな」
御影は少し考えて、客観的な意見を言った。けれど、僕が今欲しいのはそんな言葉じゃない。
「でもね、僕、今どうしてもその話が嫌なんだ……」
「でも、受け入れないとな。常世家の人間として」
その言葉は僕をひどく突き放した。まるで余命宣告をされたような気がして。でも、言わなきゃ。言わないと伝わらない。
「そうなのは、わかってる。
だけどね、御影。僕は……御影と一緒に居たいんだ」
少しの間沈黙が流れる。口に出して思いの丈を話して心の荷が下りたからだろうか。先ほどのような締め付けられるような苦しさはなかった。
「……でも、颯太。俺は一緒に……」
御影は何か言おうとしたが、遮る。
「ねぇ御影、ちょっとだけ。目、つぶってて」
「……?わかった」
御影が目を閉じたのを確認してから僕は部屋の電気を消し、カーテンを開けた。するとそこには周りを照らす、一つの大きな光源があった。それを確認したあと、すぐに御影の隣に座る。
「もういいか?」
「うん、いいよ」
御影が目を開くと、荘厳に輝く月が視界を奪った。薄暗く照らされた部屋に二人きり。お互いの顔を照らすほどしかない月明り。何一つ余計なものがない空間に御影は一つの違和感さえも感じなかった。
「御影が困ることを言ってるのはわかってる。だけど、聞いてほしいんだ。僕は御影と一緒に人生の終わりを迎えたい。知らない誰かと一緒に添い遂げるよりは……御影、君と一緒にいたいんだ」
呪い のように僕は御影の手を取った。本気なんだと。伝えたかった。
御影に幻滅されてもいい。それでも、自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。結局は一人よがりなのかもしれない。どこかで嘲る自分がいる。
「でも、俺には颯太に渡せるものなんて何もない。地位も名誉も、なにも」
「そんなのいらない。御影がいてくれることが一番うれしいから」
真っ直ぐな颯太の瞳に御影は有無を言わなかった。ただただ嬉しくて。自分をこんなにも必要としてくれている幸福に包まれていた。他人に求められるのはなんて嬉しい事なのだろう。心の底から湧いてくる優しさの熱にほだされて、御影は目の端が熱くなる。
「俺も、いつかは離れる日が来るのはわかってた。だけど、どこかで受け入れたくなくて。今の颯太みたいに話せることでもなくて。だから、非常識かもしれないけど同じ思いでうれしいよ」
「御影……!」
嬉しかった。ただただ、同じ思いで時を過ごしていた事がわかって。月明りに照らされた彼の顔はひどく綻んでいて。彼もまた、本当に自分の事を想ってくれていたんだと、胸が熱くなった。
「今日は少しだけくっついててもいい?」
「あぁ」
御影は短く答えて月を見やった。そうして、彼は口を開く。
「月が綺麗ですね」
end
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