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先輩×後輩

「……っん。あぁっ」  声が出始めると大きな手が視界を奪う。指の動きひとつが予測できない刺激として、敏感になった身体に落ちてくる。 「あっ、あ。やめて」 「大丈夫」  低い声と同時に首筋を舌でなぞられると、僕は呆気なく果てた。腰回りの衣服が乱れた情けない姿で、その場にへたり込む。 「満足した?」  肩で息をしながら頷く僕の制服を整えながら、聞いた本人の方が満足げな様子だ。いつもこの手で始まり、この手が終わらせてくれる。授業へ戻れる格好になると、隣りに腰を落ち着けることもなく、優しい顔で頭を撫でて「またな」と屋上を後にした。春の風にさらされて、しばらく何も考えずにいたかった。さっきしたばかりなのに、もう次のえっちな事を想像してしまう自分を必死でかき消した。  6限が終わる少し前にポケットの中のスマホが鳴った。クラスメイトがそれぞれの放課後へ散り始めると、すぐにLINEを開いた。 一緒に帰るか?  スタンプや絵文字のない淡白なトーク画面に「はい」とだけ返して教室を飛び出す。授業中の憂鬱が嘘のように、今日二度も会える喜びだけを胸に、尻尾を振りながら道中を急いだ。体育の汗のせいでシャツが臭わないか心配だった。 「先輩」 「――早いな。いつも俺に会いたいのな」 「はい」 「素直だな。行こうか」  先輩とはえっちをするか、一方的に遠くから見る以外の関わりがほとんどない。だから並んで歩く時のちょうどいい距離をいまだ知らない。先輩が連れている自分は友達か弟か、周りにはどんなふうに映るのだろう。女子人気も高い見た目のいい先輩が、まさか僕なんかの性欲処理を手伝っている場面なんて夢にも浮かばないだろう。優越感みたいなものは確かにあったが、屋上での虚しさが常に付き(まと)うのも事実だった。人の気配がしない道へと僕らは進んでいく。

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