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花雨の中6
帰りも行き同様に薬井さんに送って貰う。
「八重桜。綺麗だったでしょう?」
「ええ。あんな風に並木になっているとは思いませんでした」
「ソメイヨシノだと並木道もあるけど、八重桜だとなかなか見ないですよね。だから、先生に見て欲しいなと思って」
「ありがとうございます。ちょうどひとつ原稿が終わったところだったのでちょうど良かったですよ」
「そうだったんですね。じゃあまたこの後は別の原稿ですか。大変ですね」
「まぁ、仕事ですから。そちらはどうなんですか?」
「もう少ししたらいそがしくなるので、少し休んでいるところです。なにか花の絵でも描きたいなとは思っているんですけど」
そう聞いて、あぁ、たくさん写真を撮っていたのはそういうのもあるんだな、と思った。
「桜を描かないんですか?」
「そうですね。今日も結構撮ったので、それを見てからかな。絵にするなら夜桜もいいなと思うんですけど、八重桜も捨てがたいんですよね」
そう言う薬井さんは軽く微笑んでいる。その表情を見て、ほんとに花が好きなんだなと思う。そして、絵を描くことを生業としながら余暇でも絵を描くのに驚いた。休んだ気がしないのではないか、と思ったのだ。
俺に置き換えてみよう。なにか脱稿してほっと一息ついたところで趣味でなにか話しを書くだろうか?
恐らく……いや、十中八九書かないだろう。なにか書いたら息抜きにならない。息抜きをするなら他のことをする。画家だと違うのだろうか。なので質問をぶつけてみる。
「絵を描くことを仕事にしていて、休みのときにも絵を描いたら休んだ気にならないのでは?」
俺がそう言うと薬井さんは考える仕草をする。
「他の人はわかりませんけど、俺の場合はそういうのあまり考えないですね。仕事と趣味と分けてない、というか趣味を仕事にしちゃってるので。だから描きたいものがあればなんでも描いちゃいます。完全に息抜き、ということなら写真を撮りますね。写真は資料にもなるけど、純粋に撮ることが好きなので」
そうか。元々、絵を描くのが趣味なのか。いや、そういう自分もデビューする前は書くことを趣味にしていたような気がする。いや、違うか。なんだか追い立てられるように常になにかを書いていた。そして作家デビューして、それが仕事になった。なのに薬井さんと何が違うんだろう。
多分、話しを書くというのは時間のかかることで、息抜きに書いたものが作品となることはない。その違いだろうか。
どちらにしても息抜きでなにかを書くことはしない。
そんなことを話していると、車は俺のマンションのすぐ近くまで来ていた。人見知りで、まだ打ち解けたとは言えないのに、車中、沈黙になることもなく会話をしていた。いつもなら、出会って数回の人間とそんなに話せないのに。薬井さんは大丈夫なのだろうか。
「先生、着きましたよ」
「ありがとうございます」
「写真、現像しておきますね」
「お願いします。それじゃあ」
「お仕事頑張って下さいね」
そう言葉を交わし、車が走り去るのを見送った。
それは、花雨の季節だった。
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