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薔薇が咲く日4
俺が無言で薔薇を見ていたからか、隣を歩く薬井さんも黙って薔薇を見ながら時折カメラのシャッターを切っていた。
そんな姿を見て、ふと彼の目にはこの景色はどのように映っているいるのだろうかと思った。あの画集にあった青。俺は空を見ても海を見てもあんな青を見たことはない。だとしたら、今俺の目に映っているこの景色も薬井さんには全く違って見えているのではないか。そんなふうに思ったのだ。例えば、この白に薄いピンクがかかったような薔薇はどう見えているんだろうか。
そんなことを思いながら振り向くと、薬井さんが俺にカメラを向けてシャッターを切ったところだった。
え? 今? 俺を撮った?
「すいません。あまりに綺麗だから撮ってしまいました」
綺麗? あまりにも意味が分からなさすぎて言葉が出ない。
「ごめんなさい。怒りました?」
そう言って薬井さんは上目遣いで俺を見る。元々俺より背が低いので少し顎を引くと上目遣いになる。
「え? いや……」
怒るもなにも今はただ薬井さんのことを考えていただけなので、何が綺麗なのか意味がわからないだけだ。
綺麗と言ったのは恐らく俺に向けてだと思う。薬井さんがカメラを向けていた先にあった薔薇は遠かったし、かと言って近寄って撮れるのだから望遠にすることはないだろう。それになにより、カメラのど真ん中にいたのは俺だったと思うから。
いや、でも、男に綺麗という形容詞を使うものだろうか。たまに薬井さんはわからないことを言う。ただ、怒っていないということだけは確かだ。だいたい怒る理由がない。
「良かった」
そう言うと薬井さんはちょっとバツが悪そうに、でもホッと力を抜いて笑うその顔に引き込まれた。思わず薬井さんの顔を魅入ってしまう。そうすると薬井さんは不思議そうな顔をした。
たまに薬井さんも訳の分からないことをいうけれど、俺もたまに訳の分からないことをしてしまう。それはなんなんだろう。
「先生。そこを曲がったところに青い薔薇がありますよ」
俺がそんなことを考えていると薬井さんがそう言う。そうだ青い薔薇があると言っていた。
薬井さんが指さしたところへ行くと青い薔薇が一輪、凜とした姿で咲いていて俺はその美しさに目を奪われた。
「珍しいんですよ、青い薔薇」
「初めて見ました。ほんとにあるんですね。綺麗だ……」
「人工ですけどね。奇跡、神の祝福、だったかな?」
「え?」
「あぁ、青い薔薇の花言葉です」
「青って。色によって花言葉違うんですか?」
「色によっても本数によっても違いますよ。それに青い薔薇の花言葉は昔と変わっているんです。以前は不可能、存在しないだったはず。人工でも難しかったみたいなので」
奇跡。神の祝福。
そう言われる青い薔薇が俺には薬井さんに思えた。おかしいかもしれないけれど俺の中で青というと薬井さんというくらい印象づいてしまっていいるのだ。多分これからは青い薔薇を見ても薬井さんを思い出しそうな気がする。
「写真撮っておきますね」
薬井さんの言葉を聞きながらそんなことを考えていた。
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