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紫陽花の季節に6
どれくらい時間がたったのだろう。ふと顔をあげるが、先生の姿は見えない。まだ戻っていないようだ。遠くまでいったのだろうか。ここは少し入りくんだところだから、道に迷っていなければいいのだけれど。
そう心配しながらも、もし俺が動いてしまって先生が俺を探しにまたどこかへ行ってしまったらすれ違いになってしまうので俺はここで待つことにした。
先生のことを待ちながら、頭の中は先生のことで一杯だ。もっともそれは今だけじゃないけれど。パーティーで千屋さんに紹介して貰ってから俺の頭の中は先生のことばかり。
最初は男同士というのもあり、男同士で運命もないだろうと思った。それは今まで恋愛してきたのは女性ばかりだったからだけど、最後には男同士だって同じ人間だから惹かれたっておかしなことではない気がしたし、気持ちに気づかなかったことにできそうもなかったから認めるしかなかったのだ。認めてからは何を見ても「先生なら……」と思ってしまう。
正直、苦しい部分はある。というか先生を1人になんてしたくない。日本人離れした色の白さは女性顔負けで、白人の血が入っていると言われても信じてしまいそうなほど白くて、その白い肌を際立たせるようにチェリーのように赤くぽってりとした唇。とにかく美しいという言葉がぴったりだ。
本人も認めている通り人見知りは激しいけれど、見ていると一度懐に入れた人間には甘いみたいだし、そんな人間の言うことは全てを信じてしまいそうだけど。でも、きっとそんなときは千屋さんをはじめとする先生の友だちが阻止してくれるだろうけれど、その役割は俺がしたい。
そんなことを考えていたら結構時間が経っていたみたいで、いつの間にか先生が戻ってきていた。
「薬井さん?」
「あ、戻ってたんですね」
「どうかしましたか? 難しい顔をしてましたよ?」
「いや、なんでもないです」
「そうですか? ならいいけど……」
少し心配そうに俺の顔を覗き込む顔がまた可愛くて。
俺が気持ちを打ち明けたらどう思いますか?
どんな顔をする?
好きです。
そう言えたらどれだけ楽だろうか。もう伝えてしまいたい。
千屋さんに紹介して貰ってから、それほど長い時間が経っている訳ではない。それなのに、そうは思えないほど俺の心は先生で一杯だ。
人を好きになるのに時間は関係ないんだなと思う。それは、運命と思える出会いをしたからかなのかはわからないけれど。
「先生、これ」
このままだと先生を放ったらかしにして思考の渦に飲まれてしまいそうで、先ほど描いた絵を渡す。
「これが薬井さんの見ている世界、ですか」
「100%ではないけれど、それに近い色にはなってますよ」
俺が見ている景色をそのままなんて伝えられない。それは色鉛筆が12色だからというだけでなくて。
色を重ねに重ねて、できるだけ見えている世界に色を近づけた。俺が見ている景色は先生が見ている景色と全然違うようでいて同じだと思う。
違うのは俺の見る景色の中には先生がいるから。
「俺が見てる景色の色と変わらないんですね」
「変わらないでしょう?」
「薬井さんの絵がこの色と違うのは、その違いが薬井さんが伝えたいことなんでしょうね」
「多分、俺の思っている色です。それがリアルの世界と違うとしたら、それは伝えたい色を重ねてるっていうことだと思います。意識したことがないのでわかりませんけど」
俺が描く絵には、見えている世界の色だけではない。訴えたい思いをそこに乗せている。
想いを伝える……
ふと、今自分が抱えている想いは、どんな絵にしてどんな色を使えば先生に伝わるんだろうか。
心の中にある色はどこか曖昧な色をしているから、土台となる色がはっきりしないと上にどんな色を重ねたらいいのかわからない。でも、伝えるのなら……。
先ほどの色鉛筆を取り出して、絵の裏側に曖昧な色をできるだけ想いに近い色を探って描く。そしてその上に薄紅色の濃淡を乗せる。
これが今の俺の心の色。
先生は、何事だろうとこの色と俺の顔を何度も視線を動かして不思議そうな顔をする。それはそうだろう。だってこれは絵なんかじゃない。ただ色を乗せただけだ。
「薬井さん?」
これはね、
「好きです……」
という一言だけ……。
それは紫陽花の終わりの季節だった。
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