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第13話
人間。声音からして、雄だな。
綾人は脳内が混乱しそうになるのを、一旦整理して考えてみた。
うん。こいつ日本語喋ってるよな。「保護しろ」っつったよな。するに決まってんじゃん。仮にも俺は小動物カフェの「うさぎ部門」の店員だぞ。動物には優しくする漢だぞ。
「はい。もちろんその子猫はうちで保護します。なので、1度自宅に連れて帰り、動物病院で健康状態など詳しい検査をしようかと思っています。なのでお渡ししてもらえませんか?」
この見ず知らずの男に子猫はとても懐いているらしく、さっきまでのミーミーという不安げな鳴き声とは違い、安心したようにごろごろと喉を鳴らし始めた。そして、今にも眠ってしまいそうな勢いの懐き具合なのである。
「……」
子猫。お眠りタイムスタート。小さな身体全体で呼吸をしている。男の手の中で。
ん? 暗闇でよく見えなかったけど、この男爪長いな。ネイルしてる? 珍しいな。
「じゃあ、保護しますんで、この帽子の中に入れてもらえませんか?」
「はっはっは。ギャグ? 俺身長189あるんよ。どう見たってそんなちっさい帽子に入るわけないって」
はい? 何のことを言ってるんだこいつ。日本語通じてるのか?
「だからあの、子猫をですね、帽子の中に入れて俺の家に連れ帰ろうかと……」
言葉を噛み砕いて、幼子にも伝わるように説明したつもりだ。すると、男は急に真面目な顔つきになって。
「わかる?おにいさん。この子猫は、俺の手の中で寝てるんよ。お兄さんの帽子になんか入れたら、途端に夜泣きはじめる。だから俺ごと保護しろ」
「俺ごと保護って……」
綾人の頭がパンク寸前だ。こいつやばい奴やん。関わったらあかんわ。んでも、子猫は救出したい。
しばらく押し黙って考える。先程の様子だと子猫はこの不審者にとても懐いているようだし、心的なショックを与えたくはない。とりあえず、自宅まで男の手の中で眠ってもらい、子猫を保護しよう。無論、この男は玄関先でさらばとする。よし、その作戦でいこう。
自宅までの道で、子猫は起きてしまうんじゃないかと心配していたが、全く起きる様子はない。男はたしかに自称189センチとあって、巨人なのだが歩き方は柔らかく子猫に振動を与えないようにしているらしい。器用な奴だな。草むらでは暗くて容姿がわからなかったが、この男かなり容姿がいい。襟足まで伸びた白銀と、水色の混じった髪色は夜風にあてられて、さらさらとなびいている。
灰色の7分丈のオーバーTシャツに、黒いパラシュートパンツを履いている。靴はたぶん、有名ブランドの革靴。月光に照らされてピカピカ眩しい。
「はい、じゃあここで。うちここなんで」
オートロックを開け、部屋の玄関の前で男に言い放つ。子猫はぐっすりと眠っている。男は、「は?」という訝しげな目で綾人を睨む。
「俺とこの猫は離れないよ。お兄さんはいいの!? この猫ちゃんは俺が手を離した途端、大泣きじゃくり小僧になるんだよ!?」
「んー、じゃあ俺にどうしろと?」
「だからさっきも提案したように、子猫と俺も両方保護する」
いや、てめえのは提案じゃなくて命令だろーが。
綾人は内心湧き出た思いを1度消化して、イライラの火を消してから、男に向き直る。
確かに、男の言う通り、この子猫はこの男に異常に懐いているので2人を引き離すと子猫に心的ショックを与えてしまうだろう。いくら、このアパートがペット可の物件とはいえ、子猫の夜泣きは近所にご迷惑をかけてしまうかも……。それならば、とても仕方がなくて不本意なのだが今晩だけ、この不審者派手髪男を保護し、子猫は永久に我が家で保護するという方針でやっていこう。
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