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第28話 ちゅうって何の味するの?

「ちゅうって何の味するの?」 「は?」  おもちと灯織を保護してから半年後の、ある日の夕方。夕焼け空の光の筋が、ベランダから部屋に差し込む。おもちはこの間買ったキャットタワーの壁で爪とぎをしている。ザッザッザッという雑音の中で、灯織の一言が落っこちた。これは爆弾に違いない。 「どうした。頭でもぶつけたか」  珍しく綾人と灯織が居合わせた水曜日の夕方。綾人はWeb経済新聞を片手にアップルティーを飲んでいた手を止めた。むせそうになったから。  こいつたまに爆弾発言しやがる。無自覚なのがほんとに危険。 「ちょーど、今見てる恋愛ドラマでちゅうは苺の味〜とか、コーヒーの味〜とか表現してるから気になって。1度もしたことないし。あ、おもちだけは特別だよ。俺たち毎日寝る前にちゅっちゅしてるもんねーおもち」 「な!」  キリリ、と爪とぎをしていたおもちが手を止めてマンチカンたっちをしてヘアアイロンで髪をアレンジしている灯織に返事をする。マンチカンたっちは、文字通り手足の短いマンチカンが立つことなのだが、その光景がとてもかわいらしく、マンチカン好きにはたまらないのである。おもちもマンチカンたっちは、たまにしかしない。キメ顔で灯織を見ているのを確認し、生き物の種族を超えた友情? に感心していると、ヘアアイロンを冷ましている灯織がこちらに向かってやってきた。  無言で、綾人の膝の上に頭をのせる灯織。じーっと下から見上げられるのはなんだか小っ恥ずかしい。もう、もはやこいつが我が家の猫2号だろ。気ままにのんびりマイペースくん。ロシアンブルーの気高き猫さま。俺のことを召使いか何かとでも思って、何でもかんでも聞いてくる。 「ちゅうは?」 「別に何味でもない。あんなの」  そういえば、もう俺は1年以上キスもしてないのか。なんてこった。おもちと灯織を保護してからというもの、マッチングアプリなんてやる暇無かったし、新しい出会いもなかった。 「うわ」  はむ。  はむ、はむ、と角度を変えて。  灯織が俺の首に手を回して、唇に自身のそれを重ねている。俺は持っていたスマホを絨毯の上に落としてしまった。突然の出来事に頭が働かない。  ちゅっちゅっと灯織が俺に吸い付いているのを見て、爪とぎをしていたおもちがぴゅーんと足元にやってくる。キラキラとした瞳で、俺と灯織を見上げた。「ぼくもまぜて!」というように積極的だ。  一通りキスに満足したのかロシアンブルーは。  ぷはあと息を吐き、もじもじと片手で自分の唇を隠した。

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