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第29話
「えへ。キスしちゃった。綾人と」
「……」
なんだその、かなり嬉しそうな反応は。
「いっつも狙ってたんだからね。綾人の唇。やっとキスできた」
にこにこと微笑む灯織の足元で、おもちがハッピーハッピーダンス。猫ミームの動きを始めた。それを灯織が手で優しく撫でる。
「そんなに驚いてないってことは、俺と同じ気持ちってことでいい?」
灯織の真っ直ぐな瞳に捉えられ、動けなくなる。綾人は、すとんと腑に落ちた気がした。
そうか。これは。この温もりは。
おもちと灯織を保護してからというもの、独り身だった綾人の心を満たしてくれたのは、2人に違いなかった。
近くに居すぎて気づけなかったのか。自覚がなかった。あまりにも自然と、そこにある温もりだったから。その感情に名前などなくてもいいかと。名前を付けなくても、大丈夫だろうと、安易な考えでいた。
しかし、今こうして灯織からのキスを受けて、わかった。
嫌じゃなかった。
もっとしたいと思った。
もっと、灯織のことを知りたいと思った。
とっくに、俺は惚れてたのかもしれない。
あの日、草むらでおもちと灯織を保護した日からずっと。
灯織の笑い声、いいなとか。
おもちと触れ合ってる灯織の優しい手つきとか。
その手が俺のことをいつか包んでくれるんじゃないかって、期待してた。俺、年上のくせして、全然行動で示さないし。
「初めてのキスはアップルティーの味なんだね」
照れくさそうに、灯織が笑う。目元が穏やかな波形を帯びている。
「おもちがめっちゃ見てくる」
手を鳴らして笑う灯織。キスしてた俺らをまじまじと見つめているおもち。
「これからも俺とおもちのこと保護してね? 綾人」
上目遣いが上手な灯織と、おもち。おもちは完全に灯織の真似っ子をするようになった。猫なのに芸を覚えてたりする。灯織の教育の賜物だな。
「ああ。おいで、灯織、おもち」
灯織を抱きしめて、おもちがその隙間にぴゅーっと入っていく。隙間のないくらいに抱き寄せてから。
「覚悟はできてる? 童貞くん」
と、灯織に囁く。
「おねがいしゃす」
顔が林檎みたいに真っ赤で、ロシアンブルーらしくない言動に笑いが込み上げてくる。照れたように口元を手で隠して、了承した灯織。
「なー!」
おもちが元気に鳴いてからの、ヘソ天。もうこの猫の自由奔放さには俺も灯織も笑いを堪えきれない。
「ぷくくっ」
「っ……」
灯織と俺もヘソ天して、おもちと3人でヘソ天。
「好きだよ」
灯織からの告白。綾人は彼の華奢な掌を握り返す。
「俺も好きだ」
灯織のおでこに軽くキスして、そのままじゃれついていた。
おもちは縁結びの保護猫。
もふもふは平和。
わんぱくロシアンブルーと、ヘソ天白マンチカンと暮らす26歳男性の、新しいナイトルーティーン。
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