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「わー、美味しそう! これ、ぜーんぶ僕が食べていいの?」
その後、慌ててシモンに朝食を拵えてもらい、ベッド際のテーブルに並べられた豪勢な料理の品々を見てリースは瞳を輝かせた。
「もちろんです、坊ちゃま。これらは全て、坊ちゃまのために誂えられた料理でございます。お心ゆくまでお召し上がりくださいませ」
フィルの返答を聞くなり、リースは「わーい!」と声を上げてさっそくクロワッサンにかぶりつく。
「うわぁ! これ、すっごく美味しいね! おじさんにも一口あげようか?」
綺麗な歯型のついたクロワッサンを差し出されて、フィルは慌てて首を横に振った。
「と、とんでもございません坊ちゃま。私には構わず、坊ちゃまのお好きなものをお好きなだけお召し上がりください」
「ええ? でも僕、美味しいものはみんなで一緒に食べたほうが、もっと美味しくなると思うんだけどなあ……」
ぼやくように告げて、リースはまあいいかと食べかけのクロワッサンを皿に置いた。
「坊ちゃま……」
(フィルも一緒に食事しよう。食事はみんなで摂るほうが美味しくなるだろう)
これは、フィル含む数人の使用人とリースがこの館に雲隠れしてきてすぐの頃、リースが口にした言葉だ。本来、使用人が主人――ましてや王子とともに食事を摂るなんてありえないことなのだが、この館内では特別にそれが許されているのである。
とはいえ、今のようにリースが負傷しており、あえてリースの分だけの料理を寝室に持ち込んでいるという状況で、その食事を執事が分けてもらうなんてことはまずありえないのだが――
純朴な心遣いを前に、たとえ頭を打って阿呆になってしまったとしても、根本的な優しさはかつてのリースのままなのだとフィルはほっとする。
――それはさておき……。
「あ、あの、坊ちゃま……差し出がましいようで大変申し訳無いのですが……」
「んー? どうしたの、おじさん」
「それです!」
瞬間、フィルはくわっと目を見開いた。
「その『おじさん』というのを、やめていただいてもよろしいでしょうか。私の名はフィル・セラフィン。これでも、坊ちゃまとともに長いときを過ごしてきた身でございます。お忘れに、なられてしまいましたか……?」
恐る恐る問いかけて、フィルはリースの目を見つめた。ただ瞳の色が変わってしまっただけならまだしも、自分の存在ごと忘れ去られてしまうなんてのは耐えられない。
房ごと口に運びかけていたぶどうから視線を外し、リースがことりと首を傾げる。
「フィル・セラフィン……? うーんと……うーんとねぇ……」
ぶどうを持ったまましばらく考えて、リースはぱっと目を見開いた。
ドキリと、心臓が大きく脈打つ。
「覚えて、おられますか……?」
おじおじと確認を取ると、リースは元気いっぱいに「うん!」と首を縦に振った。
「僕、フィルを知ってるよ! リースお兄ちゃんとお友達の羊さんだよね!」
「ひ、羊……さん……?」
繰り返し、フィルは戦慄いた。
――坊ちゃまが……私の忠愛する坊ちゃまが、阿呆 になってしまわれた……っ!
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