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 馬車転落の騒動から三週間ほど経った現在、気づけば十二月に突入していた。フランツに付き添ってもらい、日差しの照りつける庭で乗馬の練習をさせてもらっているアイルを眺めながら、この生活にもずいぶん慣れてきたなとフィルは思う。  隣には同じくぼうっとアイルが馬と戯れる姿を眺めるクラウスとウォーレンがいて、いい年をした大人三人が昼間っから芝生に座り込んで呆けているというなんとも平和な光景だ。 「――ところでフィル。ここのところ、リース様との逢瀬はどんな感じなんだ。ハグからの進展はなしか?」  片腕片足にギプスを巻かれた状態で問うてくるクラウスは、いつの日かアイルが『夢』と称して語った内容を現実だったと判断しているみたいだ。 「逢瀬なんてそんな……意味深な言い方はよしてください。私はただ、執事として日々あったことの報告をしているだけで……」  「報告も何も、リース様はアイル様の言動を全て把握しているんだろう? 逆じゃなくてよかったな。おまえとリース様の関係は、アイル様にはまだ早すぎるだろうからよ」  揶揄うように言ったクラウスを、フィルは複雑な気持ちで見つめる。  事実として、フィルはリースとハグを超えた関係にはなっていない。断片的とはいえアイルがリースの言動を把握しているとわかっている以上、下手な接触はできないからだ。  同じ理由で、フィルは内に秘めたリースへの想いさえ口にできずにいた。考えていることは同じなのか、リースもあの抑制剤すり替え事件以降、そういった話題や接触の一切を避けている。  いわばフィルとリースの関係は、完全なる飽和状態だった。これ以上の進展はまず期待できず、一日三十分、せいぜいハグ程度の触れ合いを交わして明くる日の夜へと想いを持ち越す。持ち越された想いは実ることなく、日に日に募ってゆく一方だ。  そしてまた、最近のリースはアイル同様、自分が覚醒していない間の出来事は朧気にしか記憶していないようだった。本人曰く「アイルに入れ替わっているうちに睡眠を取っているから」なのだそうだが、一日の大半を精神世界でのみ生きるリースにとって『睡眠』という概念がいかなるものなのか、フィルにはいまいちよくわからない。 「邪推はよせ、クラウス。同じペニンダでも、フィルはおまえと違って紳士なんだ。仮にそういうことがあったとしても、そうペラペラと他人に話すわけがないだろう」  そう注意してくれるウォーレンは、少なからずフィルの心境を理解してくれているようだった。フィルがリースに手を出せないでいる現状を承知した上で、万が一その一線を超えてしまうような事が起きていたとしても否定はしないというスタンスで話してくれている。 「おいおい。その言い方だと、まるで俺が誰彼構わずプライベートなことを触れ回る下衆野郎みたいじゃねえか。じゃあ訊くが、俺が一度でもそんなことしたことがあったか?」  肩を竦めて問うたクラウスに、ウォーレンがあわあわと口を開閉する。みるみるうちに頬が赤く染まっていったかと思うと、次の瞬間、くわっと目を見開いて声を上げた。 「し、知るかそんなもんっ! いちいち俺に訊くな! 大体、おまえのそういう態度がだなっ――」  また始まったと、フィルは眉尻を下げて二人を見つめる。口を開けばすぐにこれだ。喧嘩するほど仲がいいとは、きっと彼らのことをいうのだろう。

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