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「フィル、そのブレスレットはどうしたんだ」  その夜、目を覚ましたリースにじっと手首を見て尋ねられ、思わずえ、という声が漏れた。 「見て、おられませんでしたか? これは今日、アイル様にいただいたものですが……」 「アイルに?」  訊き返すリースは本当に心当たりがないようで、ふっと不安な感情が過る。 「夕食前のことです。アイル様自身は、その数時間前からずっとこれを作っていたようですが……」 「……ああ。言われてみればそうだったな。悪い、寝起きで少しぼうっとしているみたいだ」 「寝起き?」  それは要するに、覚醒したてだからということだろうか。そもそも一日に三十分しか覚醒していないリースに、寝るとか起きるとかの概念があるのかも不明だった。フィルはてっきり、リースはいつでも意識があって、アイルの言動を把握しているものだとばかり思っていたのだが…… 「ここのところ、アイルもずいぶんと落ち着いてきただろう。四六時中意識を張り詰めて見ている必要もないかと思ってな。――フィル、よかったらそのブレスレットをもう少しよく見せてくれ」 「あ、ええ……。どうぞ」  そんなものなのかという疑問もそこそこに、フィルはリースへと手首を差し出す。リースはそっとフィルの手を取って、ブレスレットを観察した。 「上手にできているな。おまえによく似合っている」  口にして、リースは目元を和らげた。このクオリティで『上手』との評価を下すあたり、お兄ちゃんだなとフィルは思う。 「お守りだそうです。ですから、絶対に自分で切らないでほしい、と」 「なるほど。だったらおまえは、あと数年このブレスレットと付き合わなければならないわけだな」  苦笑から察するに、第三者から見たこのブレスレットのクオリティは理解しているようだった。夕食時、フィルのブレスレットに気づいたウォーレンやクラウスも、似合ってるじゃないかと持ち上げつつ似たような苦笑を零していた。 「坊ちゃまのご弟様にいただいたものです。何年でも大切にいたします」  真面目くさって答えたフィルに、それは違うぞとリースが否定する。 「俺の弟としてではなく、アイルとして大切にしてやってくれ。一年でも二年でも……その先もずっと、アイルをアイルとして大切にしてやってくれ」 「坊ちゃま……」  全て見透かされているようだった。フィルがまだ、本当の意味でアイルをアイルとして受け止められていないこと。そうしようと思うたび、どうしようもなくリースの存在を思い出してしまうこと。  しかし今日、肩にもたれかかるアイルの手を握ったとき――あのときフィルは、間違いなくアイルにアイルとして接していた。あの瞬間を、リースは見ていたのだろうか。見て、いなかったのだろうか。 「……肝に銘じます」  呟いて、フィルはぎゅっと拳を握りしめた。事故が起きてすぐ、現状が受け止めきれていなかったときとはまた別の複雑さが胸の奥に芽生えていた。

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