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1「厄日の出会い」

 艶々黒髪ショートで小悪魔的魅力を振り撒くと言われる俺。日々その夜だけを楽しむ友人たちと、自堕落に愉快に暮らしていた。怖いことや辛いことは遠くへ押しやって、絶対に触れないようにして毎日を快適に過ごす。それが俺のモットーだ。  ある日、俺はセフレ1号の男とホテルで楽しい時間を過ごした後、唐突に別れを切り出された。 「俺結婚することにしたから、お前とは今日で最後ね」  そいつは女がダメだったはずだ。どうやら俺は騙されていたらしい。 「えー、女ダメじゃ無かったっけ?」 「それがさあ、めっちゃ相性ピッタリなやつ見つけたんだよ。だから、お前もいいけど、ほら、結婚とかできないじゃん? だからごめんな?」  ただ見た目が好みだったからオトモダチ枠に入れてあげていた男から、思いもよらず上から目線の謝罪の言葉を投げつけられたことに、俺はブチ切れた。 「はあ? セフレとかあんただけじゃないし。別にどうでもいいよ。お幸せにね」  そう言い残して服を乱暴に掴むと、さっさとその場を去った。力強くしめたドアの前で、思わず溢れそうになる涙は、絶対誰にも見せない。 「本当はちょっと好きになりかけてのに」  急いで身なりを整えると、全力で家へと走った。足をつくたびに涙が溢れて、胸がズキズキと痛む。それでも仕方がないからと自分に言い聞かせながら、急いで家に戻った。  そしてドアを閉めて、ようやく少しだけ泣こうかなと思い始めると、スマホが急に騒ぎ始めた。 「はあ? なんなんだよ」  それは全てさっきの男と同じような内容のメッセージだった。『結婚するから別れよう』その文字が判を押したように続いている。 「……嘘だろ?」  俺は一夜にして日替わりのセフレを全て失うことになってしまった。 「まじか…… まあ、普段の行いが悪いだけだろうけれど……」  そう口にした途端に急に寂しくなり、それを紛らわせるために動画を漁ることにした。 「んーと、今エロ系の配信って気分でも無いし。なんか面白いの無いかなあ。あ、癒し系とか? でもこういうのあんま……。あ、王子系ノリ語り? なんだそれ」  これまで聞いたことの無いジャンルのサムネに、俄然興味が湧いた。しかもよく見てみると、サムネの中の男『ヤマト』は俺好み。  優しそうなのに甘すぎない絶妙に好みど真ん中の顔立ち、細すぎない程よく筋肉質な体型。そして何より、堂々としているのにふわっと柔らかい雰囲気。 「俺、王子系が好きだったんだな。初めて気づいたけど、なんか納得だわ。この見た目ドンピシャだもん」  どうやらここは、配信者である『ヤマト』と一緒に音楽に合わせて好きに手を叩き、擬似セッションのようなことを楽しもうという趣旨のところのようだ。  単調なクラップから始めて、最後は複雑なリズムになるまで手数を増やして繋いでいく。その合間に、ヤマトがアドリブで歌うらしい。 「ただセッションって俺にはレベル高そうだもんなあ」  そう思いながらも、録画した動画に合わせてみるだけなのだからと思い直して再生してみた。 ◆ 「こんばんは、ヤマトです。おかえり、今日もお仕事お疲れ様でした。……なんか嫌なことあった? 疲れたよね。今日もそれを忘れるためのお手伝いするよ」  その声はとても深い響きがあって丸く、かといってビリビリと不快な低音は存在しない。まさにステレオタイプの王子様ボイスだった。  よく見ると、衣装も色んな国の王族の服が混ざり合ったようなデザインをしている。身近な彼氏感を出しつつ、王様然とした雰囲気もあって、いけないことをしているような気分になってしまう。 「ちょっとだけ照明落とそうか。その方がリラックスしてできると思うんだよね」  そうやって自分の周りも細かく演出するようにとアドバイスをくれる。そうすると、いつの間にかヤマトと逢瀬を楽しんでいるような錯覚に陥っていた。 「このライトに合わせて、手を叩いてみて」  彼は小さなクリスマスツリーを取り出した。そして、オーナメントのライトをいくつか光らせる。 「これ男性向けの配信だったよな。クリスマスツリーのライトに合わせて手を叩く成人男性……シュールだな」  最初は馬鹿げていると思いながらも、「暇だしな」と言い訳をしながらも、なんとなくその通りにしていた。ライトに合わせてヤマトもカホンを打つ。ライトと音は、ピタリと重なっている。 「あ、適当に叩いたでしょ? ダメだよ、しっかり合わせて。そう、少しもずらさないで、俺にピッタリ合わせて。しっかり、きっちり、少しの乱れもなくタイミングがあったら……肌で一体感が感じられるよ」 「んなわけねーだろ、配信じゃねえか」と悪態をつきながらも、言われた通りにやってみる。  これが意外と難しかった。 「ん? 意外と合わない?」  俺は意外とリズム感はいい方だ。だから簡単に出来るだろうと思って適当に叩いていると、あってるけれど惜しいというか、どうにも僅かなズレが起きてしまう。 ——ピッタリじゃない? なんか……ノリが合わない?  ノリ語りって俺がノれないと意味がないなと地味に落ち込みながらも、必死になって彼に合わせて手を叩いた。 「あ」  そして、ようやく完全に音が重なる瞬間を迎えた。  パン、という音に支配された。  体の奥からゾワゾワとよくわからない興奮が駆け巡る。 ——なんだ、これ。  それは、俺が今まで生きている中で聞いたことのあるハンドクラップの音では無かった。  クラップがピッタリ揃うと、いや、ピッタリ重なると、音が倍になったように聞こえる。時々ずれたり、重なったり。重なった時の一致した感じは快感という言葉でしか表せ無いものだった。 「やばっ……」  小さく震える体を、両手でぎゅっと押さえた。 「できた? 綺麗に重なると高揚感がすごいでしょ?」  彼は画面の向こうで優しく微笑んでいた。そして、カメラに近づき顔を少し画角から外して、まるで耳元で囁くような格好になった。 「またやろう。待ってるからね」  そう言って微笑むところまでで、動画は終わっていた。 「わあ、なんもそういうことしてないのに、なんか……」  気がつくと、落ち込んでいた心はすっかり軽くなっていた。ただ、その分体が疼いてしまってどうしようかという問題が起きてしまった……。

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