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15「全ては俺のために」

「五年も俺の喜ぶことを研究したんでしょ? じゃあそれを全部披露してくれない?」  ベッドの上に大和さんを押し倒して、馬乗りになった。日々きちんと手入れされているその美しい顔には、驚きが満ちている。それはそうだろう、俺はビッチだなんだと評判は悪いけれど、実はセックス中にビッチらしさを表したことは、ほとんど無いのだから。  いつもただ優しくしてもらえるだけで嬉しくて、相手も反応のいい俺を見ているだけで喜んでくれていた。それなりの奉仕はしても、必要以上に誘惑したりもしないし、共に夜を過ごした人たちからは、ただの寂しがり屋なんだろうと言われている。  でも、今は大和さんに襲いかかりたくて仕方がない。俺を見上げる顔は、これまでに見せていたスパダリ系の余裕のあるものでは無くなり、ビッチ猫のお願いならなんでも聞いてくれそうな、従順なワンコのようにすら見えてしまう。 「……全部? でも、どこをどうしてあげるといいとかは、みんなから聞いた通りにしてたよ。だから良かったんでしょ? 他にして欲しいことがあるの?」 「……ノリ語り系のお兄さんは、何かを参考にしてたんでしょ?」 「……っ!」  跨って触れ合っている場所をほんの少しだけ前後する。その刺激に、大和さんが僅かに息をつめた。 「あれさあ、なんかすごくエロかったんだよね。ただのリズム遊びにしては欲情させられるっていうか……」  話しながら大和さんのシャツの前立てを掴み、思い切り開いた。医学部に入って以来、実習で疲れないようにと日々体を鍛えていたおかげで、力任せに開かれたシャツからはボタンが千切れて飛んでいった。  繋がりを無くした布の隙間を広げていく。すると、うっすらと赤くなっている彼の素肌が露わになっていった。その肌に、するりと指を這わせる。ゆっくりと動かすと、それにシンクロするように彼の体が捩れた。 「あれもさあ、実は配信じゃなかったよね。気がついた時は、かなり驚いたんだよ。わざわざ俺がいつも見てるサイトにそっくりなものを作って、ショートカット貼り付けてたんでしょ? 疑わなければわかんないよね、あんなの。でも、わかんないことがあってさ。その入れ替えっていつやったの?」  ゆっくりと正中線をたどりながら、それに合わせるようにジリジリと顔を近づけていった。お互いに熱くなった部分は、布越しのまま僅かに触れ合う距離を保ったままで、時々それを擦り合う。  じわじわと彼の体に欲を溜めさていく。芯の部分は全て外して、その少し離れた部分だけを徹底的にいじめ抜いてやることにした。僅かに速まった鼓動が、大和さんの興奮を俺に伝えてくれる。 「っ……、スマホ、は、っ……、レイ、に……」 「ああ、そうなんだ。レイさんの協力ってスマホを触ったことなんだね。何かあった時のためにパス教えてたからなあ。なるほどねー」  臍のあたりまで下がった指を離し、今度はベルトを外してスラックスを引き抜いた。そして自分も服を脱ぎ、それをまとめてベッドの下へと放り投げる。 「ねえ、なんであれあんなに興奮するの? 俺動画で抜いちゃったんだけど。ただ手を叩いてただけなのにさあ。カホンの音と混じってたから? それが俺に気持ちよく聞こえる音だったとか?」  問いかけながら、ゆっくりと腰を動かす。まだ全てを脱いだわけではないけれど、気持ちがいいところが集中してあたるように行き来する。その度に、大和さんは眉根を寄せて切なげに熱い息を吐いた。  布ごしとはいえ、触れると瞬間的に強烈な快楽が生まれる。それなのに、少しでも離れると強烈に切なくなってしまう。自分でコントロールしているとは言え次第に俺自身も熱が昂まり、気がつくと速度が一人でに上がっていっていた。 「あっ……、あれ、は、ケイタ……に、仕込ませた……」 「ケイタに? ン、……あー、そういうこと、か。あっ! ……す、刷り込まれてたんだ、ね」 「そう……。い、挿れ、て、しばらくは、っつ! う、動くなっ、て……。その時、に、スマホ、から……」  そこまで聞くと、もうどうでもよくなってしまった。擦り付けた部分はもうお互いに硬くなっていて、その間にある布はどちらのものもビショビショになっている。  大和さんのはもうその中から飛び出しかけていて、それを見ているとどうしてもそれが欲しくなってきてしまった。疼くから余計に腰が動いてしまい、そのせいでさらに疼く。  もう少し焦らして遊ぼうと思っていたけれど、二人分の下着を剥ぎ取って昂った熱を迎え入れた。 「っ……、う……!」  ズブリと音が立つ。クリスマスデートなのだから、しっかり準備もしていたし、ローションカプセルを仕込んで待っていた。それなのにあんな騒ぎになって、この浮かれ具合に虚しさを感じなければならないのかと思っていた。  そこに、しっかり愛する人を迎え入れる。そして、彼の執着愛が創り上げた今の俺を、愛してもらいたくて、必死に腰を振った。 「あっ……ン! こ、こうやって……、肉、を、あん! う、打つ音……、聞かされ、て、た」  俺が上下する度に鳴り響く音を、彼にしっかりと聞かせる。抜ける時のずるりと鳴る音と、深く入った時に鳴る肉のぶつかるバチンという音が、あの動画のクラップ音に似ていた。  ランダムになっていると思っていたあの音は、よく思い出すと、ケイタが俺に腰を打ちつける音とシンクロしていた。それすら彼の指示のもとにあったということだろう。そう思うとぶるりと体が震えた。 「あ、ぁン! ……す、ごいよ、ね。発想、が、さ」  息を切らしながら、あのタイミングを思い出し、その真似をする。何も考えずにしていた時と、それをしている今は、高まるスピードがまるで違う。この速度、このタイミング、この強度……。それが揃った音を聞くと、体が勝手に上り詰めていく。 「渚っ……」  大和さんも同じなのだろう。いつもより必死な顔をしている。このプログラムされたセックスは、俺のために作られた彼の作戦だ。こんなことをしようと思うほど執着されるなんて、普通なら恐ろしいことだろう。 「ああっ、大和さ……っ!」  誰かに愛されたいという思いが強すぎる俺にとっては、この異常な執着が一番の媚薬になる。全てを手に入れたいと願う気持ちの現れを感じて、体が喜びに震えた。 「ンあっ、うっ……!」  快楽の波に飲み込まれそうになったところで、大和さんが俺の腰を掴んだ。激しい律動に追い立てられ、俺は天を仰ぎ見ながら溺れそうになる。 「ああっ! も、だめ……!」  自分だけを見続けている人がいてくれるという喜びが、俺の心の欠けた部分を埋めていく。その満ち足りた感じが、さらに俺を高めていった。叫びながら、二人の間に白濁を散らす。 「ね、もう一回……。何して欲しいか、わかるでしょ? 全部やって、俺が倒れるまで。倒れたら眠って、目覚めたらまたしよう? 無理して格好つけないで、本当のあなたを俺に教えて。俺から離れていかないって、誓って」  熱の中心はまだたらりと欲を溢れさせ続けていて、もっと深くつながり合いたいと求めている。俺は大和さんのシャツを握りしめ、思い切り引き上げた。彼はそれに合わせて起き上がってくれる。そして、ゆっくりと深く口づけあった。 「ン……」  吸啜の音が耳に響く。それに合わせて体を撫で回す手が、不意にグッと力任せに体を押し付けた。一度激しく動いた心臓は、少し前よりもやや動きを緩めている。その音が、だんだん大きく強くなるように感じた。 「あ、何してる、の?」 「……鼓動を合わせるんだ」  彼はお互いの体を少しずつずらし、拍動の強い箇所が当たるようにする。ドクンと響くその振動が、だんだん自分のそれと間隔のずれを無くすように一体感を持ち始めた。 「っ……、こ、怖い。なんか、これ、心臓が一つになるみたいで、怖い! ……あっ、うぅ」  穿たれて震える興奮と、拍動が一つに溶け合う恐怖に精神が混乱しそうになった。生きるために必要なものが一つになる。それは恐ろしいほどの感動へ変わる。 「……渚が好きなタイミング、強さ、加減。全部聞いて、全部出来るようにした。鼓動を合わせるのは、渚のを早めて俺が落ち着くタイミングを合わせれば出来る。挿れるだけじゃ届かないところまで繋がってたくて、こうしてみたかった」  二人の人間が、一つの融合体になったような感じがする。俺の思い通りに事を運ぶ、たったそれだけのことを叶えるために、膨大な情報を彼は集めて策を練ってきたという。 「……あ、ぅうう、ンっ!」  胸を合わせるように抱きしめられたまま、二人とも欲が弾けた。頭の芯まで蕩けるような高揚感に襲われる。そのまま二人でぎゅうっと長く、キツく、千切れそうなほどに抱きしめ合い、その後に触れるだけのキスをした。  クリスマスデートを楽しみにしていた昼間とは違うけれど、モヤモヤと悩んでいた思いはクリアになった。そのおかげで、すっきりとした幸福感に満ちている。  好きな人を身代わりに抱かせて、悦ばせる術を学習する。そんな発想を持つ人を好きになるなんて、俺はおかしい。でも、それが嬉しいと思ってしまったのだから、それはもうしょうがない。  俺を喜ばせるために、心臓の動きすらコントロールしようとするこの人はおかしい。でも、そうしたいと思ってしまって、出来てしまったのだから、すごい。  こんな不可解なことは、考えるだけきっと意味がないのだろう。ただ、目の前のこの人が欲しくて、手に入れた。そのことだけをわかっていればいいと思うようにしたい。 「……ねえ、俺お風呂入りたい。ゆっくり入りたい。だから……」 「一緒に帰ってくれるの?」  最初にかけた保険は、不要になった。俺はここには残らず、二人で帰ることに迷いがなくなった。  彼は俺を騙していたけれど、その間俺をずっと見続けて、ずっと好きでいてくれた人だ。俺のことを調べ尽くして、知り尽くして、それでも俺がいいと言ってくれている人だ。 「だって、大和さんがいないのは嫌だなって思うんだもん。大和さんも俺と一緒にいたい気持ちは変わってない?」 「それはもちろんそうだよ」 「じゃあ、一緒に帰ろう。俺のこと、幸せにしてくれるんでしょ?」  俺の問いかけに、大和さんは涙を流す。このやりとりは、もしかしたら一生続くのかもしれない。大和さんは自信がない、俺もそうだ。だから、ずっとこうやって確認して、ずっとこの返事をしてくれることを期待するんだろう。 「もちろんだよ、渚」  俺は彼を抱きしめた。 「何度も聞くから、何度も答えて。知りたくなったら、調べ尽くしていいよ。その代わり、大和さんの全てを俺にちょうだい」 「もちろんあげるよ。俺の全ては君のものだ。この鼓動が続く限り、君のために生きるよ」 (了)

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