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第1話
エルウィン・マグナスは生まれたときから、なんとなくこの世界に違和感があった。
自分の本当の居場所はここではないような、そんな違和感が。
幼児期ゆえのまとまらない思考と、言葉にできない曖昧な感覚。そして周りの人間に伝わらないもどかしさ。
それらが綯い交ぜになって、常に気分は最悪だった。エルウィンを育てた祖父によると、随分と癇癪持ちの幼児だったらしい。
それがすとんと落ち着いたのは、物心のつく七歳になった頃だった。
――記憶の中にある、自分ではない誰かの人生。
それが前世の記憶というものだと気づいたとき、エルウィンは自分が転生者なのだと自覚するに至った。
五十嵐(いがらし)大和(やまと)、というのが、エルウィンの前世の名前だ。
日本でサラリーマンとして働いていた大和は、ある日過労が祟ってか、心筋梗塞のため二十八歳という若さで亡くなってしまった。
そして気づいたときには、魔法とファンタジー溢れるこの世界にエルフとして生まれ直していた。
エルウィンが、歴代一の魔法使いと呼ばれるほど躍進するきっかけになったのは、間違いなくこの前世の記憶が関係している。
***
「お前は少し……、いや、だいぶ自信過剰に育ってしまったようじゃの」
立派な白髭をたくわえたしわがれた老人が、枯れ枝のような指で目の前の美少女、もとい青年を指差した。
指を差されたのは、長い金髪を後ろに結んだ、少女と見紛うばかりの麗しいエルフだ。
彼は「はあ?」と首を傾げて片眉を吊り上げた。せっかくの美貌にもかかわらず、意地の悪い表情がすべてを台無しにしていることに、本人は気づいていないようだった。
「じじい、誰が自信過剰だって?」
「だから、お前じゃよ、お前。わしの二十五番目の孫であるエルウィン・マグナスのことじゃ」
エルウィンと呼ばれた青年の睥睨をものともせず、老人は薄笑いでその指をエルウィンの額に突き刺す。
「いでででっ! やめろ、この馬鹿力!」
すぐに老人と距離をとったものの、エルウィンの美しい額にはくっきりと爪の痕が残ってしまっていた。じんじんと痛む額を押さえながら、彼は再び老人を睨んだ。
「オレは自信過剰なんかじゃなくて、自信に見合った実力があるんだよ! それはシルフィじいちゃ……じじいも知ってるだろ!?」
幼少期の呼び方で祖父を呼ぼうとしたのをじじいと訂正し、ふんっと鼻息をつく。
エルウィンは口こそ悪いが、実際にはそれほど、いや、まったく悪人ではないことを彼の祖父であるシルフィは熟知しているため、いくら怖い顔をしても無駄に終わる。
「お前に才能があるのは知っておるよ。じゃが、それを誇示して回るのは品がない。それに、上には上がおるということも忘れちゃいかん」
怒る様子もなく、ゆっくりと諭すようにシルフィは告げた。
しかし、
「オレより才能のあるヤツ? そんなの見たことないね。森の賢者って言われるじいちゃんだってオレより弱いのに」
すかさずエルウィンが反論した。
確かに、本人の言うとおり、エルウィンには才能がある。
エルフは皆魔法を扱える種族とはいえ、一般的に魔力をコントロールできるようになるのは、十歳を過ぎた頃だ。そこから鍛錬を重ね、ある程度の魔法が使えるのは二十歳くらいと言われている。
しかも、エルフと相性のいい風魔法のみ扱える者が大多数で、風以外の魔法を実用レベルで使用できる者は、目の前の老人以外にいなかった。
だがエルウィンはといえば、たった七歳で風の上級魔法を修得し、四大(火、水、風、土)すべての魔法が扱えたのだ。
そして類稀なる創造力と魔法への好奇心で、二十歳を超える頃には、新しい魔法の開発や実用化を幾度も成功させ、四大元素の上級魔法をも使えるようになっていた。その腕前は、歴代一と言われるほどだ。
「生まれて今までたった二十六年しか生きとらん、しかもこのマグナスの森を出たこともないお前のような子どもに何がわかる」
ふっと失笑し、シルフィは余裕たっぷりに己の白髭を撫でさすった。
二十六歳で子どもというのは、人間からすればおかしな話に聞こえるが、千年生きるとされる長命のエルフにとっては、なんらおかしな感覚ではない。二十六歳は子ども、いや、もっと言えば赤子同然だ。
「ぐ……っ、確かにそれはそうだけど!」
出たことくらいある、と虚勢を張るかと思いきや、存外素直に祖父の言い分を認めるエルウィンだからこそ、数百といる一族の仲間からは内心「可愛い」と思われていることを本人は知らない。
マグナスの森は、ヴァレル共和国内リベリア地方の東の端にある大森林だ。名前のとおり、マグナス家が統括している。ちなみに森の長はこの老人、シルフィその人である。
人間の国家ができる前よりも先にエルフが住んでおり、人間が国をつくりはじめた頃、不可侵を条件に名目上の領土となることを承諾して以降、ヴァレルの人間とエルフは相互扶助の関係を保っている。
エルフは人間に魔法教育を、そして人間はエルフに文化や科学の共有を。
争わず交流を深めることで、双方発展してきた。
そして近年、共和国の名に相応しく、ヴァレルは人間とエルフのほかに、獣人族やドワーフなど、様々な種族が入り混じって生活する大国となり、栄華を極めていた。
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