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第2話
「何もエルフはこの森だけにいるわけではないのじゃ。よそのエルフにだって天才はおる。もちろん人間やほかの種族の中にもじゃ」
祖父の言葉に、エルウィンはむっと頬を膨らませた。二十六歳の男がやる仕草にしては幼いが、しかし彼の美貌と童顔にはぴったりと合っている。
「魔物ならなおのこと。この世には触れてはならん強大な力を持つ魔物がたくさんおる。東のサーペントや西のグリフォン、ここよりさらに北の山岳地帯にはグーロの集落があるとされておる。やつらと遭遇したら、腕利きの魔法使いでも無傷では済まんのじゃ。いくら才能があろうと実戦経験もないお前が相対したとて、下手をしたら死ぬかもしれん。だからわしはの……」
つらつらと説教が続きそうな気配を感じ、エルウィンは「だああ!」とシルフィを遮って叫ぶように言った。
「あのさぁ! 世間知らずだの実戦経験がないだの言うけど! それはシルフィじいちゃ……じじいがオレを森の外に出させてくれなかったのが原因じゃん! それでオレを責められても……」
「まあ、それはそうじゃが」
エルウィンの言うとおり、実はシルフィは彼が森の外に出ることを禁じていた。
しかし意地悪で軟禁していたわけではなく、理由があったのだ。
それは、エルウィンの両親が森の外で殺されてしまったことによる。しかも、犯人は未だ不明のままで、真相の究明はほぼ諦められていた。
当時生まれて間もなかったエルウィンは、だからほとんど両親のことを覚えていない。兄弟もおらず、孤児となった彼をここまで育てあげたのは、ほかでもないシルフィだった。
両親を殺した犯人も動機もわからないとなると、次に狙われるのはエルウィンかもしれない。息子を失った悲しみから、シルフィは森のエルフたちにエルウィンを安全な森の中から出さないようにと言い渡したのだ。
だが最近、エルウィンと同年代のエルフたちから苦情が出るようになった。
「エルウィンほどの実力があっても森を出られないとなると、自分たちは一生森から出られない」
――と。
別に、エルウィン以外の若者たちが森の外へ出ることは禁止してはいなかったのだが、エルフたちは自分の子も殺されるのではと自主的に子どもを森に軟禁するようになってしまっていたのだ。
もちろん、百歳を超える大人のエルフたちは自由に森を出入りしているわけだから、成長するにつれて子どもたちから反発が出ないはずもなかった。
「もういい加減エルウィンを出入り自由にさせてやってくれ」
「事件から二十数年も経っているのだから、今さら問題が起こるはずもない。犯人が人間なら、もうとっくに死んでいるか年をとって衰えているはずだ。そんなやつにエルウィンが負けるはずがない」
シルフィはその声を聞き、しばらく悩んでいたものの、一年経ってようやく自分が過保護に過ぎたことを認めるに至った。
外の世界を知らないエルウィンが自信過剰でナルシストな性格になってしまったのも自分のせいだ、と。
今のところ森のエルフたちには嫌われてはいないが、このまま森の外へ出られない不満が溜まっていけば、その矛先はエルウィンに向くかもしれない。そのときになって、ナルシストっぷりが鼻につきはじめ、爪弾きになってしまうかもしれない。
確かに、エルウィンには経験こそないが、自分を上回るほどの実力がある。滅多なことでは死にはしない。
本当はシルフィもずっと前からわかっていたのだ。
次代を担う立派なエルフになってもらうためには、エルウィンを囲っていては駄目なのだ、と。
「……じゃからの、エルウィン。そろそろお前にも外出許可を出してやろうと思っとるところじゃ」
シルフィがため息とともにそう言うと、エルウィンはぽかんと口を開けて目を瞬いた。
「え……? いいの?」
この反応も無理はない。なんせ幾度となく懇願したり、家出を試みたりしても、二十六年間頑なに森の外に出ることを禁じていたのだから。まさかある日突然あっけなく許可が出るとは思ってもいなかったのだ。
「マジ?」
「マジマジ、大マジじゃ」
てっきり大喜びすると思っていたのだが、エルウィンの目は一瞬だけ輝き、しかしすぐに不安に塗り替えられていく。
「森の外に出て、何をすればいいわけ?」
「したいことをすればよい。ほら、昔言うておったじゃろ。冒険者になりたいとかなんとか……」
幼い頃、大人のエルフに街で冒険者たちに会った話を聞き、エルウィンは目を輝かせていた。そして、言ったのだ。
――オレもいつか冒険者になりたい!
その夢が叶うというのに。なぜかエルウィンの顔は暗いままだ。
「……不安か?」
シルフィが訊くと、エルウィンはむっと口角を下げて首を横に振った。
「そんなわけないだろ! 早くこんな森出ていきたいって思ってたとこだよ」
「ならば行け。路銀は持たせてやる。そして、世界を知って十分に満足したら、いつでも戻ってきなさい」
ポンッとシルフィがエルウィンの頭にやさしく手を置いた。
それをパシンッと撥ねのけ、エルウィンは腕を組んで言う。
「ふんっ、あっという間にトップランカーになって帰ってきてやるよ!」
「ああ、楽しみにしておる」
かくして、エルウィン・マグナスは、森を出て冒険者になる夢を叶えることになったのだった。
マグナスの森を出て歩く(途中浮遊魔法で飛んだりもしたが)こと数日。
冒険者になるためには冒険者ギルドに登録をしなければならないため、エルウィンはギルドの支部があるというケイロンという街に向かっていた。
森には魔物はほとんどおらず、いたとしてもおとなしいものばかりだったので、エルウィンには戦闘の経験がほとんどない。だが、魔法の才同様、適応能力が高く、あっという間に魔物との闘いに慣れていった。
「思ったより楽勝じゃん。はじめはレベルの低い雑魚ばっか出てくるのはRPGと同じなんかなー?」
魔法の媒介となる長い杖(エルウィンのは桜の木でできた特注だ。天辺には純度の高いクリスタルが取りつけられている)を振り回し、風魔法で敵を蹴散らしながら、エルウィンはぼそりと呟いた。
エルウィンになる前――五十嵐大和は重度のゲームオタクで、RPGやオープンワールド型のゲームは十二分にやり込んでいた。大人たちの話を聞き、魔法の原理と感覚を掴むと、この世界にはない発想であっという間に魔法を上達させていったというわけだ。
もちろん、元々マナコア(魔法を使うために自然の力=マナを蓄えるための核。エルフなら誰しも持っており、人間の中にも稀に持つ者がいる)が強いというギフテッドアドバンテージもあったが、生まれ持ったマナコアの質は変わらないという常識を覆し、マナコアは成長させることができるという新常識を打ち出したのもエルウィンだった。
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