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第3話
マナコアを成長させ、莫大な魔力を蓄えることができるようになったエルウィンは、手始めに風魔法を超級まで修得し、それからほかの元素すべても上級まで使えるように研究を重ねていった。
やり込み要素の多いゲームを好んでいた大和、もといエルウィンにとって、魔法の修練は決して苦しいものではなかったのだ。嬉々としてトライ&エラーを繰り返すエルウィンを見て、周りの大人は感心を通り越してしばしば心配したほどだ。
しかし今ではその努力の甲斐あって、最初に感じていた不安もなくなるほど、楽々と道中を進めているというわけである。
「最初の村でレベル上げすぎて無双状態になっちゃった……? もしかして、今のオレって魔王を倒せるレベルなんじゃ!?」
けたたましい鳴き声を上げながら突っ込んできたイノシシ風の魔物を灰燼に帰しながら、エルウィンはニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべている。
確かにエルウィンの実力には目を瞠るものがあるが、謙遜しないところは少しばかり、いや、かなり残念なポイントだといえよう。
せっかくの美貌なのに、森のエルフたちにモテなかったのはこういうところが原因だ。おかげで二十六歳にもなるのに、エルウィンに恋人がいたことはただの一度もない。
大和だった頃も、オタク全開かつ仕事で忙しく、恋人をつくる余裕もなかった。つまり、生粋の童貞だ。本人は意地を張って、「恋人なんていらないし!」と言っているが、本当はイチャイチャしている恋人たちを横目で見ては羨ましく思っているタイプだった。
ついでに言うと、いつか自分に相応しい美少女と運命的な出会いをするのだと妄信してもいた。
ただ、性格のほかにもうひとつ問題があるとすれば、今世では自分自身が美少女のような見た目で生まれてきてしまったことかもしれない。あるいは、性格がこの見た目に起因している可能性もあった。
前世ではモブのような地味なフツメンだったのに、いきなり美形に転生した反動で、浮かれてしまったのではないか。
サラサラで艶のある美しい金の髪、エメラルドを嵌め込んだようなぱっちりとした大きな瞳。小ぶりな鼻はツンと尖り、日に焼けない白い肌の一部にはほんのりと朱が刷かれている。
美形が多いとされるエルフのなかでも、エルウィンは抜きんでて美しいのだ。たとえ性格の問題をクリアしたとしても、自分より美しい男に劣等感を抱かないエルフはなかなかいまい。
誰かが気まぐれに募ったエルフ美少女ランキングでは、男であるにもかかわらずエルウィンが一位を飾ったほどで、それによってますますモテなくなってしまったことを、本人は知らない。
そして着々と旅路は進み、一週間ほどでケイロンへと辿り着いた。
「わあ……!」
立派な城壁に囲まれた都市ケイロンをその目で見つけたとき、思わずエルウィンは感嘆のため息をついた。
ずっと森暮らしだったため、この世界で巨大都市を見るのは初めてだった。
城壁の上にはドラゴンらしき生き物がいて、街の外を警戒しているようだ。ドラゴンの横には大砲と警備兵が。街の中央にある山の上には、この都市を治める領主の館らしき城が佇んでいる。
「すげぇ……。中世ヨーロッパ味もあるけど、どっちかっていうとゲームで見たファンタジーの世界って感じだ!」
城壁の門へと続く道には、人間だけでなく、別の森のエルフや、ドワーフ、獣人も並んでいる。それがますますファンタジーらしさを醸し出していて、エルウィンは田舎者丸出しといったふうにきょろきょろと辺りを見回しながら列に並んだ。
そして自分の番が来ると、エルウィンはシルフィからもらっていた鑑札を門番へ見せ、通行料を支払った。
その際、やけにじろじろ見られるものだから、何か変なことをしてしまったのかとヒヤヒヤしたのだが、こちらを見て密談する門番の会話内容を風魔法で盗み聞きしてみれば、なんてことない、ただエルウィンが可愛すぎるからナンパするかしないか迷っていただけのようだった。
しかし残念ながらエルウィンは男だ。ナンパされたとしても誘いには乗れない。一応男物の服は着ているのだが、長いマントにすっぽりと覆われているため、わからないのだろう。
エルウィンの正体を知らないまま心をときめかせている門番たちに哀れみを込めてふっと微笑むと、彼らは胸に手を当て「うっ」と小さく呻いた。
「本当、オレって罪なエルフだな」
前髪を掻きあげ、エルウィンは呟く。それから、はっとあることに思い至った。
「あっ、そういえば、冒険者ギルドの支部ってどこにあるの?」
肝心のギルドについて、エルウィンはその所在地を知らなかった。なので恍惚とした表情の門番に訊けば、彼は「ご案内しましょうか!?」と前のめりで訊き返してきた。
「仕事中だよね? 場所さえ教えてくれたらそれでいいんだけど……」
案内を断ると、残念そうに肩を落とし、彼は門から続く大通りを指差して言った。
「この道をまっすぐ行って右手に大きなレンガ造りの建物があります。そこがギルドのケイロン支部です。剣と盾の看板があるので、わかりやすいと思いますよ」
「そっか。ありがと」
礼を言って、今度は微笑みだけでなくウインクも付け加える。「うぐっ」と先ほどよりも大きな呻き声を上げた門番たちを尻目に、エルウィンは門を後にした。
ようやくケイロンの街中だ。外から見たとき以上に、そこにはファンタジーの世界が広がっていた。
活気のある賑やかな声に、嗅いだことのない食べ物の匂い。
街並みは日本やマグナスの森とは全然違い、西洋風かつ至るところに魔石が散りばめられていた。ちなみに魔石というのは、魔法の使えない種族でも魔法の恩恵に与れるよう、魔法の術式が組み込まれた装置のことだ。ケイロンでは魔石を使い、街灯や水道などのインフラを整えているようだった。
もちろん科学もそれなりに発達しているようだが、魔法のほうが圧倒的に便利ということもあって、魔石をつくることができる魔法使いは重宝されているらしいというのは、エルウィンも聞いたことがあった。
ギルド支部を目指して街を歩いている最中、やはり人々の視線は門番のとき同様エルウィンを追う。ぼーっと見惚れる者、すぐに誰かとヒソヒソ話をする者、「女神だ」と呟いて拝みだす者などなど、反応は実に様々だったが、誰しも共通しているのが、彼の美貌に夢中ということだった。
それがますますエルウィンを増長させ、森にいたとき以上にナルシシズムに浸り、街へ来た興奮も相俟って仕草はより芝居めいたものになっていく。ただ、彼の美貌を前にすれば、多少大げさな仕草でもなんの不自然さも抱かせないのだから、質が悪い。
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