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第4話

 モデルさながら大通りを闊歩し、わかりやすい立地のギルド支部へと迷うことなく向かっていく。  勇敢というか身の程知らずな者がたまに話しかけてくることもあったが、エルウィンは「忙しいから」と取りつく島も与えなかった。 「ここか……」  剣と盾の看板に、冒険者ギルドと書いてある建物を見つけ、重厚な木でつくられた扉を押し開く。  ガヤガヤと街よりもうるさい喧噪に顔をしかめ、エルウィンはそうっと中へと身体を滑り込ませた。 「うわぁ」  そこには、冒険者になるだけあって、筋骨隆々とした逞しい男たちばかりが集まっており、体育会系のむさ苦しい空間が出来上がっていた。自分よりもひと回りもふた回りも大きな男に囲まれ、場違い感が否めない。先ほどまで張られていた胸はいつの間にか萎れ、背中を丸めて受付を目指す。  が、受付に辿り着くまでに、当然のことながらエルウィンの美貌が冒険者たちの目に留まってしまった。 「なんだぁ? こんなところに小さなエルフのお嬢ちゃんがいるぞ?」 「とんでもない美人じゃねぇか!」  その声に、ギルド内にいた全員の目がエルウィンのほうを向く。そしてその美貌に、ごくりと唾を呑む音が至るところから聞こえてきた。  やばいな、と思ったときには遅く、近くにいた武骨な男がエルウィンの手首をがしりと掴んだ。 「いたっ」  ぐいっと引き寄せられ、走った痛みに思わず呻く。 「よお、嬢ちゃん。見ない顔だけど、このギルドは初めてか? それなら手取り足取り腰取り、俺が教えてやるよ」  男から汗臭い匂いが漂ってきて、エルウィンは顔を逸らして息を止める。  魔法は得意でも、近接戦闘は苦手だ。この男を倒すのはわけないが、威力の高い魔法ばかりに焦点を当てて研究してきたため、エルウィンは攻撃魔法の力加減が不得意だった。  ちょっとのつもりでも男をミンチにしかねないし、下手をすればギルドごと吹き飛ばしてしまうかもしれなかった。そんなことになれば、賠償だのなんだのと金がかかってしまう上、冒険者登録すらさせてもらえないかもしれない。  しかし、こんなか弱そうな美少女(実際は男だが)が困っているというのに、誰も助けてくれないどころか、ニヤニヤと下卑た笑いを貼りつけて見学している馬鹿どもの多いこと。ギルドの職員も見て見ぬふりを決め込んでいる。  しばらく待ってみても、止める人は誰もいない。  ――こんなギルド、潰れてしまえばいいのに。  エルウィンは舌打ちしたいのをなんとか堪え、持っていた杖に魔力を込めた。  軽い風魔法で脅すくらいなら大した怪我もしないだろう。いや、大怪我をしたとしてももう知らない。もしうっかり建物に損害が出たとしても、正当防衛を主張してやる。止めなかった職員が悪いのだ。  ……そう思って、魔法を発動しかけたそのとき。 「何をやってるんだ?」  入口の扉が開き、入ってきた男が声をかけてきた。  二メートルはあるボディービルダーのようなムキムキの体躯に、少し癖毛の焦げ茶色のツーブロック。顔立ちは整っているが厳めしく、必要最低限の軽量アーマーに、背中には大きなアックスを背負っている。老けて見えるが、肌の質感からしてまだ若そうだ。二十歳前後といったところだろうか。  目に魔力を込めてじっと見つめてみる。すると、彼からはそこそこ大きな魔力のオーラが溢れ出ていた。体躯もいいから武闘系かと思ったが、魔法も使えるようだ。 「その子、嫌がっているように見えるんだが、あんたの連れなのか?」  低く脅すような声で訊かれ、エルウィンの手を掴んでいた男がわずかに怯んだ。その隙に、エルウィンは手を振りほどき、さっと距離をとって威嚇するように杖を構えた。 「連れなんかじゃない。いきなり絡んできて迷惑してたんだ」  エルウィンが答えると、アックスを背負った男は「そうか」と頷き、エルウィンを背中に隠し、ぐるりとギルド内を見渡した。 「このギルドの冒険者はみんなこんな下品なヤツらばかりなのか? 弱き者を助けようともせず、それどころか観戦を決め込んで楽しもうとしているなんて、反吐が出る」  彼の言葉に、傍観者たちは薄ら笑いを引っ込めて、気まずそうに目を逸らした。 「う、うるせぇな! 困ってそうだったから親切に声をかけてやっただけだろ! ちょっといい女だからって調子に乗りやがってよ!」  エルウィンに絡んできた男が、言い訳のように言った。 「はあ? 下心しかなかったよな?」  すかさずエルウィンも言い返す。怒りが杖を通して滲み出て、風がふわりとマントを膨らませた。ついでにバチバチと小さな雷も起こす。それを見て、目の前の男が「ひっ」と顔を引き攣らせた。 「くそっ、覚えてろよ!」  そして、小物に相応しい捨て台詞を吐いてギルドを出ていった。それを見送ってから、アックスの男がエルウィンを振り返る。 「……驚いた。君は魔法が使えるんだな。余計な手出しだったかもしれない」  驚いた、という割にやけに淡々とした物言いだった。エルウィンの美貌にもさしてときめいていないようだった。それにちょっとばかり面白くなさを感じたものの、助けてくれたことには感謝だ。 「ううん、ありがとう。困ってたから助かったよ」  せめてもの礼として、エルウィンは精一杯可愛い子ぶって微笑むと、小首を傾げて上目遣いで男に礼を言った。これは前世の大和が、美少女にやってもらいたかったランキングナンバーワンの仕草だ。  これに喜ばない男はいないだろうと踏んでのことだったのだが、しかしエルウィンの目 論見は肩透かしを食らうことになった。 「いや、当然のことだ」  そう言ったかと思えば、彼はすぐに踵を返してさっさと受付のほうへ向かってしまったからだ。ふたりのやり取りを見ていた周りの者たちは、心臓を撃ち抜かれたかのごとく胸に手を当て悶えているのに、アックスの男だけが平然とした顔で、なんの未練もないようにエルウィンから遠ざかる。  助けてくれたお礼に少しばかりいい夢を見させてやろうと思ったのに、まさか無反応とは。エルウィンはそのことにショックを受ける羽目になってしまった。  そして数秒呆然自失したのち、今度は逆にメラメラと怒りが湧いてきた。自信満々の容姿をスルーされ、プライドを傷つけられたのだ。まったくもって逆恨みだが、ナルシストのエルウィンにその理屈は通じなかった。 (くそ……っ、絶対アイツを落としてやる! 落としたあとに男だとばらして、絶望させてやるんだ!)  助けてくれた恩人だというのに、そのことはすっかり頭から抜け落ちていて、アックスの男は完全に一方的なプライドバトルに巻き込まれることとなったのである。  エルウィンは男に続いてギルドの受付へと向かった。  風魔法で聞き耳を立てると、どうやら彼もエルウィンと同じく冒険者登録に来ているらしい。  名前は、ジェラルド・ディオクレス。二十一歳。人間とドワーフのハーフで、中級の火魔法だけは使えるようだ。  ドワーフは背が低いイメージがあったのだが、人間親のほうが余程大きかったのだろうか。ドワーフの筋力と人間の背の高さがあれば、確かに戦士向きだ。魔力が多めなのも納得できる。

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