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第5話

 ふむふむと情報を探っているうちに、自分の番がやってきた。アックスの男――ジェラルドは実力試しに試験場へ向かうようだ。 「冒険者登録をお願いします」  先ほどのいざこざをスルーした受付の女性に満面の笑みで話しかけると、彼女は気まずそうに視線を逸らしながら、エルウィンに必要事項を質問していった。 「お名前と種族、年齢、出身地、剣や魔法などの得意分野を教えてください」 「名前はエルウィン・マグナス。エルフ。二十六歳。マグナスの森出身。得意なのは魔法。四大元素の魔法はすべて上級まで使える。風魔法は超級も使用可」  その答えに、受付の女性は目を瞬いた。それからふっと鼻で笑ったので、エルウィンが誇張して嘘をついていると思ったのだろう。 「では実力を見てランクをつけますので、試験場のほうへお願いします」 「はーい」  魔法のあるファンタジー世界だが、便利なステータス機能も、魔力量を正確に測る魔水晶などもないらしい。エルウィンのように身体から溢れる魔力を見られる試験官もいないようで、試験官が直接実力を見るというアナログな方法で測定するようだ。まあ、エルウィンも正確な力を見ることができるわけではないが……。  殺しちゃったらどうするんだろうという懸念をしつつ、案内に従ってギルドの裏にある野外試験場に向かうと、ちょうどジェラルドが試験の真っ最中だった。  屈強な試験官の男剣士相手に、アックスを振り回して戦っている。技術もパワーも申し分なさそうで、試験官も若干押され気味だ。隣にいるもうひとりの試験官の女は魔法使いだろうか。ロッドを構えてぶつぶつと呪文を唱えているが、相棒の試験官とジェラルドの距離が近すぎて、攻撃魔法を打てないようだ。それに気づいた男の試験官が、さっと身を引いてジェラルドと距離をとる。その次の瞬間、激しい水の噴射がジェラルド目がけて放たれた。  さすがに当たるかな、と予想してエルウィンは成り行きを見守っていたのだが、驚いたことに、ジェラルドは炎を纏わせたアックスでいとも簡単に水魔法を蒸発させると、今度は魔法使いを潰しにかかった。  一瞬で距離を詰め、魔法使いの首元ギリギリでアックスを止める。 「そ、そこまで!」  慌てた様子で剣士のほうが試験終了を宣言した。 (結構やるな。少なくともあの試験官たちよりは上だ)  エルウィンは目を細め、戦い終わったジェラルドを見つめた。  試験官が手加減していたとしても、あの焦りようからしてほんのわずかだろう。一方、ジェラルドのほうは息ひとつ乱れておらず、むしろ彼のほうがその実力のほとんどを出していない。 「冒険者のランクはSからEまであるが、新人は大抵EかFからスタートになる。君の場合、魔法も使えるし筋もいいから、Eランクスタートだな。ギルドカードを発行するから査定表を持って受付に戻ってくれ」  剣を鞘に納めながら、試験官の男が言った。それにエルウィンは思わず笑ってしまった。いや、わざと試験官に聞こえるように笑ったというほうが正しい。 「……笑ったのは誰だ? 何か言いたいことがあるのか?」  案の定、ムッとした表情で男が振り返った。しかし、エルウィンの姿を認めた途端、見る見るうちに顔を真っ赤に染めていく。 「いや、実力を見てもらうにあたって、一応試験官さんたちのランクはいくつなのか知っておきたいなーって」  エルウィンが上目遣いで質問すると、鼻の下を伸ばして彼は素直に答える。 「俺はBランクだ。ギルドの職員はだいたいCランク以上という決まりがあるが、B以上は十人にひとりもいないんだ」  自信満々そうだが、エルウィンはその答えにがっかりした。この程度でBなら、ジェラルドはAかもしくはそれ以上だろう。もちろん、自分も。 「そうなんだ! すごーい!」  森での粗暴な言葉遣いはどこへやら、まるで合コンでのOL(偏見含む)のような持ち上げっぷりだ。それに気をよくした試験官の男は、しかし隣の女試験官の冷たい視線ではっと正気に返った。ゴホンッと咳払いをしてから、エルウィンに試験の説明を始める。 「これから、我々ふたりを相手に戦ってもらう。俺の名前はリグリット、こっちはマーシャ。俺は剣で、マーシャは魔法で攻撃をする。もちろん、大怪我をしない程度に手加減するから安心してくれ。えーっと、君の得意分野は、魔法ってことだが、使えるのは……、えっ?」  受付の女性にもらった申告表を見て、リグリットは怪訝そうに眉を寄せた。四大元素すべてに丸がついているのだから、にわかに信じがたいのはわかる。 「ええっと、これは嘘じゃないんだよな? 四大元素すべて、しかも上級魔法まで使えるって……」 「えっ? すべてって、嘘でしょ!?」  マーシャが驚いた声を上げ、申告表を覗き込んだ。 「もちろん。信じられないなら見せるけど」 「あ、ああ。虚偽があった場合、冒険者登録はできなくなるが、本当にこの申告どおりでいいのか?」 「いいよ」  エルウィンは頷いて、杖を構えた。 「見学してもいいか?」  ふいに、横から声がかかった。ジェラルドだ。まだ受付に行かずに残っていたらしい。 「お好きにどうぞ」  ニコッと微笑みを浮かべたエルウィンに、ジェラルドは「感謝する」とだけ呟いて、少し離れたところで腕を組んだ。やはりエルウィンの美貌にときめいたりもしていない。だが、エルウィンの実力には興味があるようだ。  じっとこちらを見つめるジェラルドの視線に、自己顕示欲がむくりと頭をもたげる。  いや、元々エルウィンは自己顕示の塊ではあるが……、ジェラルドに己の力を見せつけて驚かせたいという承認欲求がますます膨らんでいく。 「では、試験開始だ」  声とともに、剣を振り上げてリグリットが迫ってくる。表情からして、エルウィンの能力については誇張と思って侮っているようだ。  エルウィンは風魔法でふわりと自身を浮き上がらせると、素早く距離をとった。そしてすぐに反撃を開始する。水魔法で氷柱をつくり、試験官ふたりに目がけて放つ。それは難なく弾かれたものの、どの程度までなら力を込めていいのか、まだ測りかねる。  ちなみに、魔法の等級というのは、魔力量と術式の複雑さによって決まる。身体を浮かせる風魔法も氷柱をつくる水魔法も、どちらもさほど難しいものではないため、低級に分類されている。  次に、火力を上げた中級の炎魔法で攻撃してみる。マーシャは魔法で防御したが、防ぎきれなかったのか、右腕に火傷を負ってしまった。リグリットも「ぐぬぬ」とものすごく歯を食いしばってようやく弾き返した。

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