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第6話

 うーん、とエルウィンは空中で静止しながら、顎に手を当てた。上級魔法を見せるのは吝かでないが、このふたりに受け止める力は果たしてあるのだろうか。中級魔法でいっぱいいっぱいなのに、上級魔法なんて喰らおうものなら、跡形もなく吹き飛んでしまいそうだ。さっと手を上げ、エルウィンは訊く。 「あの、上級魔法が当たっちゃったら、ふたりとも死ぬかもしれないけど、大丈夫そ?」  中級魔法を受けて、エルウィンの申告が嘘ではなかったと実感しはじめたらしい彼らは、ぎょっと表情を強張らせ、お互いに見つめ合ったかと思えば、こくんと頷く。 「し、試験内容を変更する! 的を用意するから、そこに向かって魔法を打つように!」  リグリットが叫び、マーシャが慌てて奥へ引っ込もうとした、そのときだった。 「ちょっといいか」  隅で静観していたジェラルドが、口を開いた。ばっと三人の視線が彼に集まる。すると、ジェラルドは無表情のまま、 「そのエルフと戦ってみたいんだが」  と手を上げて、言った。  そわっと、心の奥がくすぐられるような感覚に、エルウィンは息を大きく吸い込む。 「……それは、君が的になるってこと?」 「そうだ。いや、違うか。避けられれば避けるし、反撃もする」  その提案は、エルウィンにとって魅力的なものだった。試験官以上の実力があるジェラルドなら上級魔法でも耐えられそうだし、それに何より、彼の興味が自分に向いたことに満足感を覚えたのだ。  しかし当然のことながら、リグリットがそれを止めた。 「新人の君が上級魔法を受けるなんて、無理に決まっているだろう。そんな危険なこと、許可できるわけがない」  確かに、もしものとき、責任をとらなければならないのはギルドになる。安全な保障がない以上、エルウィンも好奇心だけで人を殺めかねない行為は避けるべきだ。 「じゃあやっぱり的を使うしかないか……」  エルウィンが残念そうに言うのと同時に、ジェラルドもため息をついた。 「仕方ない。今回は諦めよう」  その後、マーシャが持ってきた的に向かって四大元素の上級魔法すべてをぶつけていると(もちろん火力を絞ってだ。全力でやると試験場が吹き飛んでしまう)、物騒な物音を聞きつけて、いつの間にか大勢のギャラリーが集まってきていた。 「あのエルフ、全属性魔法が使えるのか!?」 「手ぇ出さなくてよかった……」  尊敬と畏怖が入り混じった様々な声に、エルウィンはふふんと得意になって、もうとっくに炭となった的にダメ押しの超級風魔法を叩き込んだ。  的は跡形もなく消え、風圧で試験場を囲む木々が根こそぎ持っていかれそうになる。もちろんギャラリーも同様だ。吹き飛んでいく者の姿を目の端に捉え、エルウィンは慌てて空気の流れを整え、木々も人も元の位置にそっと着地させた。実はただ攻撃するよりもこちらのほうが繊細で難しかったりするのだが、この場にいる者たちにはその業の凄さは伝わっていないようだった。  ――ただひとりを除いて。 「……周囲の空気の流れもコントロールできるのか。すごいな」  ぼそりとジェラルドが呟くのをエルウィンの耳が拾った。 (そうだろう、そうだろう。オレはすごいんだ!)  心の裡でニヤニヤと笑いながら、エルウィンは浮かせていた身体を地面に降ろした。そしてぽかんと口を開けて呆けている試験官ふたりに、査定を仰いだ。 「それで、ランクはどうなるの?」 「えっと、その……」  リグリットは言い淀み、それからマーシャを振り返る。しかしマーシャにも判断がつかないようで、「支部長を呼んでくる」と駆け出していった。  当然の対応だ、とエルウィンは思った。自分のレベルが高いことは祖父のシルフィと比べてわかっていたし、たまに森にやって来る人間の冒険者たちと比べても、規格外の才能だと自負していた。これでEランクだと言われたら、納得できない。  数分後、支部長だというハーフエルフの中年の女性がやって来て、エルウィンを見るなり、訝しげにスッと目を細めた。睨まれているかと勘違いしそうになったが、魔法の気配がしたから、おそらくエルウィンの魔力量を測っているのだろう。 「見たことのないほどの魔力量だ。マグナスのエルフ……ということは、君はもしかして、シルフィ・マグナスの直系か?」  鑑定を終えた支部長が感嘆のため息をつきながら訊いた。 「シルフィは祖父だよ。二十五番目の孫のエルウィンだ」 「……ああ。なるほど。君があの歴代最高と呼ばれる魔法使いか。私の名前はガレット・ハーシィ。シルフィとは何度か会ったことがあるけど、いつも君の自慢をしていたよ」  エルウィンの話は、支部長の耳にも入っていたらしい。シルフィが自慢していたとは知らなかった。しかも、歴代最高の名を冠して。  その響きに、エルウィンは思わず破顔した。その笑みを見て、先ほどまで化物を見る目でエルウィンを見ていたギャラリーの男たちが、「ううっ」と胸を押さえて悶える。この場で男だとばらしたら、数人がショック死しそうな勢いだ。 「顔は母親にそっくりだな」  ガレットがぼそりと呟く。 「母を知ってるの?」  訊き返したエルウィンに、ガレットは肩をすくめて、 「一、二度話した程度だ」  と答えた。もう少し詳しく聞きたかったが、ガレットはすぐに手を打って、話題を切り替える。どちらにせよ友人ではないのなら、聞いても無駄なことだ、とエルウィンも諦めて思考を切り替える。今はランクの話だ。 「それで、ランクについてだが、ひとまずはDランクということにしようと思う」 「D?」  ガレットの査定に、エルウィンは首を傾げた。  明らかに試験官たちよりも実力があるのに、Dというのはおかしいのではないか。それはギャラリーたちも同じだったらしく、ブーブーと不満の声とともに親指が下に向けられる。しかし実際は、エルウィンはその査定の内容よりも、 (へー、この世界でもブーイングの仕草ってサムズダウンなんだ)  など、どうでもいいことのほうに甚く感心していた。  そもそも、少し考えればわかることなのだから、いくらエルウィンのプライドが山のように高くとも、査定への不満がなくなるのは当然のことだった。もちろんジェラルドの低すぎる査定にも、理由はちゃんとある。  新人というのは得てして実戦経験が少ない。試験場などで形式的な戦闘は上手くこなせても、実際に戦場に出てみると使いものにならない場合もある。だから、まずは低いランクで経験を積みながら、徐々に本場の戦いに慣れさせていくのだ。  いくら強いからといっていきなり高難度の依頼を受けさせたら、状況判断もろくにできないまま、くだらないミスであっけなく死ぬこともあるだろう。ギルドはそれを危惧して、あえて本来より低いランクから始めさせるのだ。いわゆる下積みだ。 「昇級はすぐにできるってこと?」  エルウィンが訊くと、ガレットは「そうさね」といかにも玄人めいた口調で頷いた。 「君ほどの実力があればすぐにAランクになれるだろう。ギルドとしても君のような才能ある子が冒険者になってくれて嬉しいよ。慢心せず、日々精進してくれ」  子どもに微笑むようそう言って、ガレットの手はエルウィンの頭を撫でた。少し乱暴な手つきに、祖父を思い出す。 「わかった。まあ、見ててよ」  くすぐったい気持ちになりながら、エルウィンは査定表をガレットから奪い取った。

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