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冬馬は見ていた
冬馬は、千景の母が通院する病院で、理学療法士として勤務をしている。
1年半くらい前から、リハビリ室前に置いてある長椅子に、時々1人で座っている男の子のことが気になっていた。リハビリに来た患者さんがその長椅子に座っているのはよく見かけるが、外来から少し距離があるリハビリ室の前まで、通院や面会の方が来ることはほとんどない。
彼は、日ごとに疲労が増し、表情が暗くなっていくのが一目瞭然だった。何か原因があるのだろうかと、何度も声をかけるか悩んだが、気の利いた言葉は思い浮かばず、突然話しかけるのも警戒されるだろうと、いつも遠くから見ているだけだった。
冬馬が初めて「マスカレード」を訪れた6月の梅雨の日、休日のルーチンで新宿にあるスポーツジムに来ていた。帰り際、土砂降りだったので、休憩がてら喫茶店で雨宿りをして小降りになるのを待つことにした。
コーヒーを飲みながらぼんやりと外を眺めていると、どこかで見たことのある男の子が大通りの向こうを歩いているのが見えた。
(あれ誰だっけ?ジムで一緒だったかな。それかリハビリの患者さん……ではないか)
彼は立ち止まり、周りをうかがうようにキョロキョロしはじめた。
その瞬間、顔がはっきりと見えて、リハビリ室前の長椅子に座るあの男の子だと、冬馬は思い出した。
彼は濡れた傘をたたみながら地下への階段を下りていった。
冬馬は、地下に下りた先にどんな店があるのかを知っている。
居ても立っても居られず急いで店を出ると、彼が入っていった店へと向かった。
(彼は客だろうか。それとも、もしかしたら、ここで働いてる?)
緊張しながら店のドアを開ける。
賑やかな店内は、早めの時間のわりに客が多い。店内を見渡してみたが、客もスタッフも仮面を着けているので、彼がいるかどうかはわからない。
「いらっしゃいませ」
大きなハート型の仮面を着けたスタッフに声をかけられる。名札を見ると、この店のマスターのようだ。
冬馬は一か八かと思い切って尋ねる。
「あの……このお店のスタッフで、黒髪でスラッとした、背はあまり高くない男の子いますか?」
「スタッフですか?黒髪で背がそう高くないのは、チカちゃんくらいかしら……その子が何かありましたか?」
「……いえ、お話してみたいなと思っただけなんですけど……」
なんと苦しい理由だろうかと、冬馬は冷や汗をかいていたが、マスターは店内へ通してくれた。冬馬は、自分の名前にある馬の仮面を選び、出勤までまだ時間があるというチカちゃんを個室で待つことにした。
(こんなに緊張したのは久しぶりだ……)
「失礼します。チカです」
その後しばらくして個室に来たチカちゃんという名のスタッフは、繊細な黒のレースの仮面を着けていた。
顔ははっきりとは見えなかったが、間違いなく、あの男の子だった。
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