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再会の夜-1-

 リハビリ室で再会した翌日の夜、「マスカレード」近くのイタリアンレストランで一緒に食事をすることになった。千景がリハビリ室へ患者を迎えに行った時に、冬馬がこっそり耳打ちしたのだ。  自分の仕事をいつもより早く終わらせて、冬馬が待つ店へ向かう。「マスカレード」へ出勤する日には必ず通っていた道を足早に歩く。暗闇に染まり始めた街に輝きを増す無数のネオンや、すれ違う人々の賑やかな笑い声を聞きながら、「マスカレード」で働いていた日のことを遠い昔のように感じた。  レストランが遠くに見えたとき、店の前に立って待つ冬馬もかすかに見えた。 「冬馬さんっ」  千景は無意識のうちに走り出していた。 「千景くん、お疲れ様」 「お疲れ様です。お待たせしてすみません」 「僕も今、来たところだよ。お腹すいたでしょ。店に入ろう」  千景が自分に向かって走ってくる姿が見えていた冬馬は、再会の喜びで胸がいっぱいで、平静を装うことに必死だった。  店内は、外の喧噪とは真逆の、ゆったりとしたBGMが流れる落ち着いた雰囲気だった。 「この店、ジム仲間と時々来るんだ。ゆっくり食事できるから気に入ってるんだよね。千景くんも好きかなと思って」 「いい雰囲気ですね。この辺りはよく来てたけど、この店は知りませんでした」 「そうだよね。千景くんとはいつも『マスカレード』で会っていたから、別の店で一緒にいるのは不思議な感じ」 「…………」 「千景くん、ワイン飲める?このお店、ボンゴレビアンコがおすすめ。あと、デザートはパンナコッタが美味しい」 「冬馬さん、甘いもの好きなんですか?」 「うん、好きだよ」  そう言って、冬馬ははにかむ。仮面舞踏会の日に珍しく冬馬がクリスマスケーキを注文していたことを千景はふと思い出した。 「そうなんですね。知らなかったな」  冬馬が好きだという白ワインで乾杯をする。かなり久しぶりにお酒を飲んだ千景は、一瞬でアルコールが全身に染み渡るのを感じて、体と心がふわりと舞った。  千景は、長い間心の中で思っていたことを思い切って口にする。 「冬馬さん、僕、突然お店をやめてごめんなさい。勉強と大学のことに専念したくて……それに、一人で気持ちを整理したかったんです」 「……大丈夫、分かってるよ。千景くんがやめたことを知ったときはもちろんショックだったけどね。でも、きっといろいろ考えて出した結論だろうと思ってたから」 「冬馬さんにまた絶対会いたいと思ってたから頑張れたんです。全部冬馬さんのおかげです」  ワインで頬がほんのり赤くなった千景が、澄んだ瞳を潤ませながら言う。冬馬は、千景が自分をこれほどまでに思ってくれていたことにとても驚いて胸が熱くなった。  お酒が進み普段より饒舌になった2人は、離れていた1年半の間お互い何をしていたか、千景の両親のこと、仕事のことなど、会えなかった時間を埋めるかのようにいろいろな話をした。    「千景くん、こんなに喋ってくれたのは初めてだね」 「……そうかもしれないです。自分のことを話すのはあまり得意じゃなくて。僕の話なんて大して面白くもないだろうし」 「そんなことはないと思うけど……。でも、話してくれるんだね」 「んーー、冬馬さんには知っておいてほしいのかも」 「そっか……、それは嬉しいな」  冬馬はつい顔がにやけてしまう。  デザートのパンナコッタまでしっかり堪能した2人は、この後どうしようかと、それぞれぐるぐると頭の中で悩んでいた。 「久しぶりに『マスカレード』に行ってみる?みんな、千景くんに会いたいと思うよ」  冬馬が言うと、千景はしばらく一点を見つめて悩んで、 「今夜は冬馬さんと2人きりでいたいです」 とそっぽを向いて呟いた。   「千景くん、家はどこ?」 「病院の寮です」 「それなら、僕の家と近いよ。今からうちに来る?」 「……行きたいです」  食事が終わりレストランを出る。新宿駅から電車に乗り、途中コンビニに寄って飲み物を買ったが、2人はほとんど会話をすることなく冬馬の住むマンションへ着いた。勤務している病院からほど近いマンションの5階だった。 「おじゃまします」 「どうぞ。こっちにおいで。ベランダから千景くんが住んでる寮が見えるよ」  冬馬がベランダから、部屋に入ってきた千景を呼んで寮を指さす。 「……ほんとだ」  思っていたよりも近い場所に、千景が住んでいる白い建物の寮があった。 「これからはいつでも会えるね」  ベランダの手すりに両腕を乗せ、遠くを見つめながら冬馬が言う。しばらくして、部屋に入ろうと声をかけ、腕を千景の背中に回した。  冬馬の部屋は広くはないが、物が少なく綺麗に整頓されている。千景はテレビの向かいにあるベッドに寄りかかって座る。キッチンからおつまみを持ってきた冬馬は、千景から少し距離をとって隣に座った。 「乾杯」 「千景くんがうちにいるなんて夢みたいだよ」  帰りにコンビニで買ったビールを大きく一口ゴクッと飲んだ後、冬馬が感極まった表情で言う。 「……そうですね。僕も信じられないです。すごく嬉しい」  冬馬の反応をうかがうように上目遣いに千景が言う。再会してからの千景は、以前とは別人のように、素直に自分の思いを伝えてくれる。いつもポーカーフェースだった表情も分かりやすくくるくると変わるようになった。冬馬は、千景のそんな変化を嬉しく思う反面、過去に千景が背負っていたものの大きさを想像すると、複雑な思いを抱き胸が痛む。 「冬馬さん、もう少し近くにいってもいいですか?」  膝をかかえ丸まって座っていた千景は、突然意を決したように言うと、返事を待つことなく冬馬に体を寄せた。 「ーー千景くん」 (か、か、かわいい……千景くん。そんなに可愛いことされると困るよ) 「ふふっ」  千景が優しくふわりと笑った。 「どうして笑うの?」 「だって冬馬さん、僕が近付いたら体がびくってしたから面白くて」 「そう?……それにしても千景くん、よく笑うようになったね」 「……そうですか?」 「うん、全然違う」 「今まで、周りと違う自分に負い目があったし、一人で頑張らなきゃって思ってた。笑うことも少なかったかも。でも、冬馬さんが見守ってくれてるって分かったから、心が楽になったし、寂しさも減ったと思う。ありがとう、冬馬さん」  千景の言葉を聞いた冬馬は、急に涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえた。そしてそのまま千景に覆いかぶさり押し倒すと、激しくキスをした。

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