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偏愛《竜side》6
連絡を取るうちに、クールだと思っていたハルカさんが意外と明るくて話しやすいことに気づいた。
「お疲れハルカさん」
「あれ、竜。どうした?」
「ハルカさん同じスタジオにいるって聞いたから。スタッフの人にケーキもらったんですけど…よければ」
そう言って俺はハルカさんにケーキを差し出す。
俺は甘いものにトラウマがあって食べれないから、こうしてよく誰かにあげている。
ハルカさんは喜んでケーキを食べ始めた。
「サンキュー。お…リストバンド身につけてるの珍しいな?いつもしてたっけ?」
「してないですよ。俺、リストバンドそんなに好きじゃないんですけど…ね」
「へぇ。なら俺にくれよ」
「今はダメ。後であげますよ」
俺はそう言いながら一瞬だけリストバンドを外した。
「あ…」
この前ハルカさんに縛られたときの紐の跡がなかなか消えなくて。
「悪ぃ…」
「大丈夫ですよ。もうすぐ消えるし。それよりハルカさんこのあと仕事ですか?」
「いや、終わった。なんだ、どっか行くのか?」
「うん。兄のお見舞いに。ハルカさんも来る?」
ハルカさんはケーキを口いっぱいに含みながら、首を縦に降った。
病院の独特な匂い。
妙に静かな通路。
温かい日差し。
白すぎる部屋。
そこに俺の愛するひー兄がいた。
「ひー兄」
「竜」
「ひー兄、哀沢先生の弟のハルカさん。MAR RE TORREのベーシスト」
「へぇ、哀沢の…そういや弟はバンドやってるって前に言ってたな。MAR RE TORREだっていうのは初耳だ」
確かに哀沢先生も、弟がハルカさんだって公言してないから知らない生徒もいるかもしれない。
ひー兄と久しぶりに雑談を楽しんでいると、俺の携帯電話が鳴った。
「あ、なんだろ…ちょっとごめん。メンバーから電話かかってきちゃった……はい、もしもし」
俺は病室を出て、廊下で電話を続けた。
ひー兄との時間を大切にして欲しいと事務所に言われ、春休みに予定をしていたライブは無くなったと言われた。
メンバーからも、今は自分と家族優先でいいと言ってくれた。
しばらく電話をして、再び病室に戻るとハルカさんとひー兄は初対面なのに楽しそうに会話をしていた。
そして3人で会話を続けた。
「またくるね」
「ああ」
夕方になり、そろそろ検査の時間になるから、帰ることにした。
「いい兄貴だな」
「うん。世界で一番大好き」
そして、8月―
ひー兄の数値が少しだけよくなったから1週間だけ外泊が許された。
父が研究と開発で夏休みは実家に戻らなくて済んだから、ひー兄と共に祖父母の家へ向かった。
5日間俺たちと過ごし、残りの2日間は親友である:咲輝(サキ)さんとリゾートホテルへ行くという。
「竜」
外泊初日に、ひー兄から思っても見ないことを言われる。
「俺さ…この外泊が終わって病院に戻ったら、誰にも会わないように面会謝絶にしようと思ってるんだ」
「え?」
「誰かが見舞いに来る度、悲しそうな顔をさせちまうんだよ。それが嫌でさ。それを嫌と思う自分も嫌になる。原因は俺で、俺は弱る一方だから。だからもう誰にも逢わずに逝きたい」
嫌だ。嫌だよ面会謝絶なんて。
最期まで一緒に居たい。
もうあと数日で二度と会えなくなるなんて嫌だ。
「やだ…よ…嫌だよ」
「竜、俺が死んでも忘れないで。俺の分まで生きて」
死ぬな、生きろという言葉が俺を追い詰める。
生きていればいいことがあるって。
死んだらひー兄が悲しむって。
「竜、一緒に寝よう。おいで」
狭いベッドに二人きり。
まるで子供の頃のようにくっついて寝た。
「このままずっと一緒に寝れたらいいのに。何も考えず。嫌だよ。いなくならないで。ひー兄…」
ひー兄は無言で俺の背中を撫で続ける。
ひー兄のいない世界で生きているのは地獄でしかないのに。
苦しい。
苦しくて涙が止まらない。
「竜、今までありがとう。大好きだよ」
そしてひー兄はその2ヶ月後の10月、18歳の誕生日を迎えることなく亡くなった。
動かないひー兄を見てもなぜか涙が出ず、淡々と葬儀の準備をした。
学校関係の人、バンド関係の人が次々と葬儀にきた。
「竜くん…大丈夫?」
「はい」
ひー兄の亡骸を見て、皆は号泣していた。
でも俺は涙が出なかった。
色んな感情が混ざり合って、感情が無だった。
自分の中の道は真っ暗で、この先もう光は照らされないという絶望と、愛する兄からの「生きろ」が更に俺を追い詰める。
あぁ、もう、消えたい。
けど、消えたらひー兄が悲しむ。
「竜」
葬儀が終わり、帰る人もちらほらいる中、知っている声に呼ばれた。
「ハルカさん…」
ねぇ、ハルカさん―…
「悪ぃ、遅くなっ―…」
今はダメだよ―…
俺はハルカさんを見た瞬間、抑えていた感情が溢れだした。
今までずっとあんなに気丈に振る舞っていたのに、急に泣いてる俺を見て他の人たちはどう思ったのか。
しばらく泣き止まない俺を抱きしめながら、ハルカさんが耳元で囁いた。
「―…俺と一緒に来るか?」
その言葉で、俺は無意識に頷いていた。
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