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偏愛《竜side》7

俺のことを心配した祖父母にハルカさんが挨拶をする。 生前、ひー兄は「もしハルカさんが竜の面倒をみたいと申し出たら信頼できる人だから安心して」と祖父母に言っていたらしい。 でも俺の親権者は父だ。 ひー兄が亡くなった連絡を入れるも父に電話は繋がらず、葬儀の日時は伝えていたがいつまでも連絡がくることはなかった。 JEESの活躍を学園が支援してくれている。 だから寮も自由寮としての申請をしており、基本的に俺は報告さえすればどこにいても自由だった。 父からは連絡が来たらメッセージ送ればいいだけ。 それはショートメールでも留守番電話でも何でもよかった。 だから俺はハルカさんにお世話になることにした。 洋服など必要最低限の買い物をしてから、ハルカさんのマンションへ向かった。 落ち着いた時には夜になっていて、食欲が無かった俺は入浴をしてゆっくりと湯船に浸かって疲れをとった。 このまま大量に薬を飲んだら溺死出来るのか。 CMで使われる曲の契約はいつまでだったか。 その契約が終わる頃にはツアーもあるのに死ぬにはいつのタイミングが迷惑がかからないのか。 湯船に浸かりながらそんなことをずっと考えていた。 1時間ぐらいして風呂から上がると、携帯に父からの留守電が残っていることに気が付いた。 『彼は亡くなったそうだね。今日から研究所に籠りきりで連絡が取れない。愛しているよ竜。僕には竜だけいればいい。春休みに会おう』 実の息子が亡くなって、笑ってメッセージを吹き込めるの? あの人が研究所から出てきたら俺はまた―… 気付けば俺は包丁を手にしていた。 「竜っ」 「ハルカさん…」 風呂上がりのハルカさんが俺に近寄る。 「こないで…」  俺やっぱりだめだ。 もう生きていられない。 不安で仕方ない。 もう何もかも嫌なんだ。 「…」 きっと止められる。 俺に生きろって言う。 説得し始めるに決まってる。 そう思って数分経っても、ハルカさんはそんな俺を止めるわけでもなく、ずっと見つめる。 俺はハルカさんが見つめる中、そのまま太ももの付け根にゆっくりと刃先を降ろした。 「っ―…」 父に無理矢理開かされるこの足が無くなれば、 父に縛られるこの腕が動かなくなれば、 父を喜ばせるこの口が使い物にならなければ、 父を見るこの目の視力がなくなれば、 この命が尽きれば…解放されるのだろうか。 そしてその後に何度もこの包丁で足を刺す未来を想像をした。 脳内でしか動かせない包丁の刃先が太ももに軽く触れているのをハルカさんは無言で見つめる。 「本当に…止めないんですね…」 「辛いんだろ?生きてる方が。だからお前が選ぶことを俺は否定しない」 本当はこの刃を振り下ろして、 場所を変えて何度も何度も深く刺して、 直ぐにでもいなくなりたいのに、 先ほど傷つけた場所の痛みに負けて手が止まる。 「はは…辛いのに…死にたいのに…こんな傷だけで痛くて怖いや…俺、弱…」 「弱くねぇよ。勇気いることだろ…死ぬのも、生きるのも」 俺は全てこの人に見透かされている。 「俺が死ぬの、否定しないんですね」 「好きなやつを苦しめたくないからな。お前にとっては今が死んでるようなもんなんだろ?」 「はは―…変なの、ハルカさん…俺のこと好きなのに」 また涙が溢れた。 この人は俺を理解してくれている。 ハルカさんだけは。 「お前の死を受け入れてやるから。だけど条件がある。死ぬなら俺の前で。俺のいないところで死ぬな」 俺が包丁を床に落とすと、ハルカさんはそれを拾い、頭を優しく撫でてそう言った。 俺は太ももを治療されながら頷いた。 「ハルカさん…今日もメトロノームになってくれますか?」 「もちろん」 生きていたくない、死にたい。 でもそれを否定されたら俺は窒息しそうになる。 生きているのが苦しい。 苦しさから逃れることも許されない。 俺の死を受け入れてくれるのはハルカさんだけ。 ずっと苦しかった俺に『いつでも死ねる』という道が開いて、俺の体に久しぶりに空気が行き渡った。 その日から、死にたい俺とそんな俺の死を受け入れてくれるハルカさんの同棲生活が始まった。 【to be continued】

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