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偏愛《ハルカside》6
その日から俺は、時間が空いた時には一人で緋禄の見舞いに行った。
緋禄は昔話をたくさんしてくれて、俺の竜に対する想いも伝えた。
緋禄は泣いて喜んでくれた。
そして8月になり、数値が少しよくなったから外泊を許してもらえたと主治医に言われたそうだ。
緋禄は竜と5日間過ごしたあと、恋人ごっこをしている親友と2日間過ごすと言っていた。
そしてその外泊が終わって病院に戻ったら、自分が亡くなるまで誰にも会わずに面会謝絶にすると。
「いいのか?それで?」
「はい。弱る俺を見られたくないんです。俺のせいで誰かが悲しむのは嫌だから。だから誰にも逢わずに逝きたい」
「そうか…竜は何て言うだろうな」
「きっと取り乱すかと。なので面会謝絶後から…竜をよろしくお願いします」
緋禄は、優しい顔をして最期まで竜を気にかけていた。
それが俺と緋禄の最期の会話だった。
緋禄が面会謝絶をして2ヶ月後、亡くなったと竜から連絡がきた。
外せない仕事で告別式には間に合わず、葬儀の時間を過ぎてから向かった。
そこには笑顔で涙を見せず、後片付けをしながら知人と話している竜の姿が見えた。
「竜」
「ハルカさん…」
振り返って俺の顔を見た瞬間、今まで気丈に振る舞っていた竜の顔から笑顔が消えた。
「悪ぃ、遅くなっ―…」
そして俺の胸に顔を埋めて、泣き始めた。
何分経ったのだろうか。
しばらく泣き止まない竜を抱きしめながら、俺は耳元で囁いた。
「―…俺と一緒に来るか?」
その言葉に竜は頷いた。
竜を心配している祖父母に挨拶をする。
すると生前に緋禄が「もしハルカさんが竜の面倒をみたいと申し出たら信頼できる人だから安心して」と祖父母に言っていたらしい。
葬儀に来ていた兄貴とマサくんが、竜の学園契約について教えてくれた。
JEESの活躍をMY学園が支援してくれている。
だから寮も自由寮としての申請をしており、webから報告をすれば基本的に竜はどこにいても自由だった。
俺が竜の状況を兄貴経由で報告する形で、しばらく俺の家にいてもいいことになった。
後片付けを竜の祖父母に任せ、洋服など必要最低限の買い物をしてから、俺のマンションへ向かった。
落ち着いた頃には夜になり、竜が風呂から上がったあとに俺も風呂に入った。
嫌な予感がして、湯船に浸からずシャワーだけにしてバスルームを後にすると、リビングで包丁を持っている竜がいた。
「竜っ」
「ハルカさん…こないで…」
「…」
竜に近づくも、俺は包丁を奪うことが出来ずにいた。
普通の人間なら包丁を奪って、抱きしめて、「生きろ」って、「死ぬな」って言うだろう。
でも俺の体は動かない。
『《ハルカ…生きているほうが地獄なんだよ》』
アイツを追い詰めた過去が甦る。
竜は俺が止めないと分かると、そのまま太ももの付け根にゆっくりと刃先を降ろした。
「っ―…」
刃先が太ももに触れ、窪んだ肌をスライドさせるとうっすらと血が流れ始めた。
止めない俺を不思議に思ったのか、竜は俺を見つめて言った。
「本当に…止めないんですね…」
「辛いんだろ?生きてる方が。だからお前が選ぶことを俺は否定しない」
俺には分からない。
生きているほうが辛いということも、死にたいという気持ちも持ったことは無い。
だからそんな俺が軽々と竜を止めることは余計に出来ないんだ。
「はは…辛いのに…死にたいのに…こんな傷だけで痛くて怖いや…俺、弱…」
「弱くねぇよ。勇気いることだろ…死ぬのも、生きるのも」
誰だって傷ついたら痛い。
体も、心も、傷ついたら痛いんだ。
見えるものだけが痛みじゃない。
見えないものの方が耐えられない痛みかもしれない。
「俺が死ぬの、否定しないんですね」
「好きなやつを苦しめたくないからな。お前にとっては今が死んでるようなもんなんだろ?」
―…だから、
「はは―…変なの、ハルカさん…俺のこと好きなのに」
だから死ぬならせめて、俺の前にして欲しい。
「お前の死を受け入れてやるから。だけど条件がある。死ぬなら俺の前で。俺のいないところで死ぬな」
竜が包丁を床に落とすと、俺はそれを拾い、頭を優しく撫でてそう言った。
そして傷ついた竜の太ももを消毒し、応急措置をした。
血は止まっても、竜の涙はしばらく止まらなかった。
「ハルカさん…今日もメトロノームになってくれますか?」
「もちろん」
生きて欲しい、死んで欲しくない。
でも俺が竜の苦しみを否定したら窒息してしまうから。
だから竜の死を受け入れながら、見守るしかない。
いつか死にたいと思う以外の道が出来上がるまで、傍にいて、守ろう。
時間をかけて、竜を守ろう。
そう誓った。
その日から、死にたい竜とそんな竜の死を受け入れて見守る俺の同棲生活が始まった。
【to be continued】
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