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偏愛Ⅱ《ハルカside》2
「おはようございます、ハルカさん。またソファーで寝てるんですね」
竜に起こされ、今日も最高の朝を迎えた低血圧の俺。
重たい瞼の隙間から覗いた竜は、眩しすぎるぐらい天使だった。
「あぁ…おはよう竜」
そんな癒しとの同棲生活5日目。
これは夢じゃない。
朝から好きなやつ(ド片思い)に起こされるなんて、幸せものだよなぁ俺。
「コーヒー淹れてみました」
「おぉ。サンキュ」
家事や料理が全く出来ない竜にコーヒーの淹れ方を教えたため、俺はこの世で一番旨いコーヒーを飲みながら朝食を準備した。
といってもトースト焼いて、ハムと目玉焼きを乗せた簡単なものだけど。
「すごいハルカさん。美味しいです」
「ははっ。もっと敬ってくれていいぞ」
朝食を終えてしばらくすると、ギターの陽が来た。
しばらくは俺の部屋で曲づくりをすることになっているし、竜を預かっていることも説明していた。
「陽さん、こんにちは」
「帝真、俺のギター貸してやる。これなら歌わなくても済むだろ?」
そして陽は自分のギターを竜に渡した。
「ありがとうございます」
竜は、緋禄が亡くなってから歌えなくなってしまった。
今まで緋禄のために歌っていたから、自分の歌声を好きだと言ってくれた緋禄がいなくなったら何のために歌っていいか分からないと言っていた。
歌おうとしても、声が出ないと。
そう泣きながら教えてくれた。
竜はギターの弾き方をネットで見ながらコードを覚えていた。
そして夕方になり、陽の妹でMAR RE TORREのヴォーカルの宝が学校が終わってから合流した。
「キャアアアアア!えぇぇぇぇ!JEESの帝真竜じゃなぁい!どうしてこんなとこにいるのぉ?かっわいい☆ってか、かわちいぃぃ♡」
と、50代の保護者のオネエ1名。
宝の保護者兼アッシー兼MAR RE TORREのサポートメンバーであるヴァイアさんが竜の存在にテンションをあげる。
「なぁんで黙ってるのよぉ竜ちゃんがいることぉ!陽もハルカもぉ!」
「《…どうしてJEESのヴォーカルがハルカの家にいるの?私は今日彼と一緒に歌えるの?私は彼の歌声がとても好きよ》」
テンションの高いヴァイアさんとは真逆の宝が、英語で竜に問いかける。
宝は日本語が苦手で、5文字以上続けて話すことはほぼ無い。
だから俺と陽に長文だと英語で話しかける。
「《俺が保護者してんだよ。今は竜は歌えないんだ。ごめんな》」
「歌え…ない…?」
それを聞いた宝は座り込み、竜の顔を覗いてゆっくりな日本語で話しかける。
「え、あぁ、うん…俺の歌声を好きだって言ってくれた兄が亡くなったから…歌おうとすると声が出なくて…」
宝はそれを聞いて竜の頭を撫でながら言った。
「私……あなたの……歌声……すき」
「ありがとう」
そんな二人の姿をヴァイアさんは一眼レフカメラで写真に収めていた。
「きゃあんん♡なにこの二人妖精?かわちぃぃぃ♪即、現像確定案件☆」
「宝、このフレーズ歌ってみて」
そんな環境に慣れている陽は冷静に宝に譜面を渡した。
宝は頷いて指示通りに歌う。
「なにこの兄妹の会話ぁ♪尊すぎるぅ☆」
世界一孫を愛しているオネエなヴァイアさんに慣れている俺たちは、無視して曲づくりを始めた。
ギターも弾けるヴァイアさんが竜に付きっきりでギターを教える姿に軽く嫉妬しながらも、俺たちはメロディを作り続けた。
「じゃあ、まったねぇん竜ちゃん♪ハルカ、竜ちゃんに手ぇ出したら天誅よぉん?キャン玉使い物にならないぐらい食べちゃうからねぇん♡バイバーイ!」
おっっっそろしい!
手ぇ出したいの我慢してんだよこっちは。
夜になり、ヴァイアさんが頼んでくれた中華のデリバリーをみんなで食べてから、オネエという名の嵐は去った。
「楽しい人ですね」
「まぁあれが保護者じゃ、宝が日本語話せない理由も分かるわな」
宝はヴァイアさんの影響で、一度日本語をオネエ言葉で考えてから正しい日本語に修正してから話すため、時間がかかる。
だから英語で会話するか、黙ってジェスチャーしかしない。
その話せない感じもなぜか世間には気に入られている。
「宝さんの素顔、初めて見たかも」
「あぁ。基本的に顔隠してるからな」
宝はテレビでは両目を眼帯で隠して歌っている。
生放送の場合は片目だけ、眼帯を取るのはライブの時だけだ。
MAR RE TORREのライブを知らない人は、宝の素顔を見たことは無い。
自分が上手く話せないことに困る人の顔を見るからというのが理由だ。
歌は宝に力を与える。
歌っているときの宝はまるで別人だ。
それは竜も同じ。
いつかまた竜の歌声が聞けるようになるといいな。
竜のプレッシャーになるのが嫌だったから、俺は口には出さず心の中でそう思った。
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