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偏愛Ⅳ≪竜side≫8

「痛った…」 気付くと次の日の夕方になっていた。 乱れたシーツや精液などの残骸を見て、俺は昨日のことを思い出した。 途中から手の拘束は解かれていたが、かなり抵抗したのか結束バンドが食い込んだ痕になっていた。 ハルカさんの大きめのTシャツだけ着たところで急激に吐きそうになりトイレへ駆け込む。 そこから立てるはずもなく、トイレで死んでると誰かが入ってくる音がした。   誰だろう。ハルカさん? またあの人たちかな? なら早くここから出ないと。 でも立てない。立つ気力がない… 「竜ちゃん!?」 「…竜!!」 「住谷さん……嵐…?」 住谷さんと嵐だった。 「なにこれ、どうしたの!?」 俺は知ってる顔に安堵して、涙が止まらなかった。 「ハァッ…ハァッ…」 同時に昨日のことを思い出して、過呼吸がおさまらない。 住谷さんが背中をさすって抱きしめてくれた。 「落ち着いて、竜ちゃん。ゆっくり…私に体重かけてかがんで。そう。胸じゃなくて腹式呼吸して…ゆっくり。大丈夫。落ち着いて。嵐!水とバスタオルもってきて!」 「ば、場所どこ!?」 「あー、もう!交代!前屈みにさせて!腹式呼吸で落ち着かせて」 「わかった」 「はぁ…はぁ…嵐、ごめ…吐き、そ…」 嵐は慌てて便座へ移動させる。 そして住谷さんはバスタオルと水を持ってきた。 「竜ちゃん大丈夫?水たくさん飲んで吐けるだけ吐いて」 俺は大量の水を飲んで、口に手を入れて吐けるだけ吐いてを繰り返す。 「偉い偉い。落ち着いて呼吸してごらん」 「ありがとう…ございます」 「ハルに頼まれてた海外の調味料置いていこうと思って嵐と一緒に寄ったんだけど…とりあえずシャワー浴びてきな」   明らかに普通ではない家の中を見た住谷さんがそう言って、俺を強制的に風呂場へ連れて行った。 俺は風呂場に来てようやく自分の体が汚れたことに気が付いた。 蛇口をひねって、シャワーを浴びる。 洗い流しても、残像は消えない。 「罰が当たったんだ…」 涙が、止まらなかった。 風呂場から出ると部屋は綺麗になっていて、精液で汚れたシーツも洗濯していた。 「何があったの?」 「―…」 俺の中で御崎さんは、ひー兄の次に信頼していた人。 大好きな先輩であり、兄のような存在だった。 俺がいるから、御崎さんを傷つけた。ハルカさんだって俺なんかいなければ―… 「竜ちゃん、何があったの?」 「いや、何も…」 「何もないわけないじゃない!言って」 住谷さんに言って、どうなるの? 俺と関わると、みんな傷つくんだ。 俺がいなきゃ、住谷さんだってもっとハルカさんに会えて幸せなのに。 俺がいなければ、誰も傷つかないのに。 「ごめんなさい…」 「何で謝るの?」 皆に迷惑をかけてる自分が嫌になる。 もう、誰を信じていいのかも分からない。 「竜、辛いなら話さなくてもいい。でもさ、ほっとけないからお前のこと。いつか話せるときが来たら話して」 親友の温かい言葉が嬉しかった。 髪の毛を撫でられて、背中をさすってもらって。 「俺が…いるから、御崎さんもハルカさんも―…」 「御崎…?」 俺は泣きながらその温もりに甘え、犯されたことを言った。 「御崎…まじサイテー」 御崎さんは、信頼してた事務所の先輩。 だからまだ信じられない自分がいた。 それでもやっぱり俺には良い先輩という思い出しかない。 あの優しい御崎さんが、こんなことをするなんて… 「警察とか、ハルに連絡…」 「しなくていいです。俺は寮に戻ります」 俺はハルカさんにひどいことを言って怒らせた、そして御崎さんも俺とハルカさんの関係に苛立っている。 俺がいなければいいんだ―… 「俺もうハルカさんとは一緒にいられないので。もうここにも戻りません」 大丈夫。 俺には音楽がある。 だから大丈夫。 「竜ちゃん…だってハルのこと好きなんでしょ?ハルは許してくれるよ、絶対」 もう傷つけたくない。 傍にいなければ傷つくことも傷つけることもない。 だから俺はもういいんだ―… 「俺がいなければ御崎さんもハルカさんも、それに住谷さんだって」 「あたしは竜ちゃんとハルを応援してる」 「もういいんです。俺がいないほうが」 「ダメだよ竜ちゃんっ」 引き下がらない住谷さんを見かねた嵐が、住谷さんの肩を叩いて言う。 「まりちゃん、俺が竜のこと見ておくから安心して。ハルカさんにもそう言っといて。こうなった竜は何言っても無理だから。そういうやつだから、竜は」 「嵐―…でも…離れなくていい二人なのに…」 「一緒に寮に戻ろう、竜」 「うん」 理解してくれた嵐と共に学園の寮へと戻ることにした。 タクシーで住谷さんを送ったあと、寮へと向かう。 「竜は自由寮だから、登録変更しとかないとな。webから申請変更してくれれば俺が承認する。出来るかログイン?」 嵐は学園の生徒会役員に任命されているため、色々な権限を任されている。 俺が自分のスマホのロックを解除して学園のサイトにログインだけして嵐に渡した。 嵐は無言でそれを受け取り空いている手で背中をさすりながら、寮使用の登録変更をしてくれた。 「あ!竜、寮についたら学食行こう。今日は幻のシーフードカレーがあるから!あれ食わないと損だよ」 「うん」 いつもと変わらない嵐が相変わらず楽しくて。 楽しいはずなのに泣きそうになっている自分が嫌になる。 「あの具材の固さが絶妙なんだよ。で、海鮮の出汁がさ…やっべ思い出しただけでテンションあがる」 それに気付いたのだろうか、嵐は何も言わず俺の背中を撫で続け、この後胃袋におさめる予定の料理を熱弁していた。 美味しいはずの料理の味もせず、寮の部屋の布団に横になるも眠れない日々が続いた。

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