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偏愛Ⅳ≪竜side≫9
先輩の悪事、
大切な人を傷つけたこと、
頭が混乱しすぎる日々。
犯されたときに縛られた傷痕がまだ消えず、まるでカミソリで手首を切ったように赤く、治るまでに相当かかるくらい痛々しい。
あのとき俺は相当抵抗したんだろう。
深呼吸をして、タクシーに乗りスタジオへ向かった。
今日は音楽番組の収録がある。
その収録にはMAR RE TORREも来ている。
傷痕はリストバンドで隠してるし、誰にも何も悟られないようにしないと。
「お疲れ様でしたー!」
収録も無事終わり、それぞれ解散。
楽屋から出ようとしたときドアが開いた。
「竜、お疲れ」
「御崎さん」
あの日以来、御崎さんには会ってない。
普通に接しないと…
「どうしたんですか?」
御崎さんはいつも通りだ。
まるであの日のことが嘘みたいに。
「……!」
ドアを開けた御崎さんのうしろにもう一人。
俺の大切な人。
「ハルカさん…」
一番会いたくて、一番会いたくなかった人。
「ハルカがロスに行ってたから、お前に土産があるんだってさ。お前らケンカしてたろ?俺が仲介してやるから仲直りしろよ」
そして、御崎さんとハルカさんはドアを閉めて楽屋に入ってきた。
部屋は3人きりの状態。
「元気だったか?」
久しぶりに聞くハルカさんの声が愛しい。
ぎゅってして欲しい。
安心出来るぐらい強く。
「…」
でもね、
俺にはもう近づかないで。
じゃなきゃハルカさんがまた傷つくから。
俺のせいで、また傷つくから。
「ロスで腕時計買ったんだ。お前、時計欲しいって言ってたろ?ほら。調節してやるから腕出せ」
そういって、ハルカさんは俺に時計を差し、左腕を掴んだ。
ダメ、
リストバンドの下は、傷痕がまだ残ってる。
御崎さんが見てる。
やだ。
俺はハルカさんの手を払いのけた。
「触らないでっ」
「竜?」
そんな顔で見ないで。
今すぐにでも泣きたいくらい精神的にボロボロな俺を、見つめないで。
近づかないで。
離れさせて。
傷つけたくないよ。
そして俺は、ハルカさんが買ってくれた腕時計を手に取った。
「これ渡せば俺が許すと思ったんですか?こんなのいりません」
そして腕時計を床に投げつけた。
「俺がひー兄のためだけに生きてたの知ってたのに、あんな言い方あります?」
もうこれでハルカさんを傷つけるのは最後。
俺の傍にいると、何も良いことはないんだ。
「っていうか俺、断れなかっただけなんで」
だから、精一杯の演技をしよう。
「俺のとこ来るか?って言われて…俺のこと好きって言ってたし、色々相談に乗ってもらったから暮らしてただけで」
もう二度とあなたが俺に近付かないように、
「正直ハルカさんと一緒に暮らすの、結構きつかったです」
大切なあなたに、嫌われる演技を。
「家事なんてできないのに教えてくるし。料理もしたことないのに一緒にやろうって言ってくるし」
料理、楽しかったな。
美味しいって喜んでもらえるのが嬉しくてたくさんレシピ調べたりして。
焦がしたものも食べてくれて、だから次もっと美味しく作ろうって思って。
「洗濯物畳むのも、そんな時間あるなら自分のことに時間使いたかったし」
洗濯物畳むとハルカさんの柔軟剤が漂うのが好きで、気付くと畳み終わってて。
だから切れた柔軟剤を補充するのも好きで。
「でも、ハルカさんに抱かれるのが一番きつかったです」
ハルカさんとのセックスが好きで。
ハルカさんに抱かれると温かくなって。
「まぁ、家賃みたいなもので義務だと思ってたんで。苦痛でしたよ、毎回。満たされたこと1回も無いですもん」
優しくされて、
好きだと言われて、
満たされて、
父を忘れさせてくれて、
「だからそんな人からこんな時計もらっても迷惑です」
もっとハルカさんを感じたくて、
もっとハルカさんが欲しくて、
―…もっと愛して欲しくて、
「もう顔も見たくないです」
床に落ちた時計を足で踏みつけて、最低な人間を演じた。
ねぇ、ずっと傍にいて。
俺を今すぐ抱きしめて。
―…俺ね、
「ハルカさんのこと本当に嫌いなんで」
好きなんです、ハルカさんのこと。
だから俺はもう、離れるから。
そんな辛そうな顔、させないから。
バイバイ、ハルカさん―…
「―…そうか。気付かなくて今まで悪かったな」
ハルカさんはそう言って、楽屋から出ていった。
御崎さんが少し笑みを浮かべてハルカさんを追いかけるために出て行った。
これでいいんだ。
これで。
しゃがみこんで、ハルカさんの買った腕時計を見つめた。
この割れた腕時計のように、このまま時が止まればいいのに。
「ごめんなさいって…言えなかったな…」
ハルカさんに謝ることもできず、また傷つけて。
これで傷つけるのは終わりだから。
だからもう、俺には近づかないで。
「ごめんね、ハルカさん…」
腕時計に涙がこぼれる。
声を殺して、俺は泣き続けた。
このまま時が止まれば楽になれるのに。
ハルカさん…俺、離れたくないよ。
好きです…ハルカさん…
彼がずっと求めていた俺の好きという言葉も気持ちも、もう遅すぎて届かない。
「好……」
もうこの想いが重なることは無い。
もう俺は、後戻りが出来なかった―…
【to be continued】
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