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1-1 いつもの景色
「それはそれは。都からはるばるそんな西まで旅をなさったとは。さぞお疲れのことでしょう」
ふいに小さな声が聞こえて、薄く瞼を開く。
長らく眠っていたものだから、細い縦長の光が眩しい。目を何度か瞬かせて、ようやく慣れた頃、俺は光のほうを覗き込んだ。
閉じられた扉、その隙間から外の景色が僅かに見える。まず目に入るのは青々とした空、それからいつもと同じ茅葺き屋根の家。恐らくここは誰かの屋敷で、俺はその庭の片隅にいるのだと思う。しかしそれ以上のことはわからない。ここに住んでいる人間が、わざわざこの場所について独り言を零すようなことはないのだから。
よく見かける家の主らしき男が、誰かに向かって話している。しかし、家の影になって、訪れたのだろう相手のほうまでは見えなかった。この狭い隙間からでは、ほんの少ししか周りがわからないのだ。
「どうぞどうぞ、今夜は休んでいってください。都まではまだまだかかります。近頃はめっきり噂も減りましたが、この辺りは昔、鬼が出ましてねぇ。人を喰うのです。まだいないとも限りません、夜の道は危のうございますから、どうぞお泊りくださいませ」
「お気遣いありがたきことでございます」
その柔らかな返事は、どうやら男のものだった。
「けれど、ご迷惑をおかけしてしまいますでしょう。わたくしは仏に仕える身にありますれば、鬼に殺められるもまた御仏の導きと受け入れる覚悟はございます」
「おお、なんと清廉な方でいらっしゃるのでしょう。迷惑だなんてとんでもない。わたくしどもも、都のお坊様をお招きできるだなんてありがたいことです。ささ、どうぞお上がりくださいませ。家の者に寝床や食事も用意させますので」
「……それでしたら、お言葉に甘えて」
そんなやり取りを経て、どうやら僧であるらしい客は、家の中へと招かれていった。
そしてまた、俺の視界には何も変わらない風景ばかりが映る。見飽きたそれから目を離し、俺はまたひとつ欠伸をして眠ることにした。
ここに閉じ込められている以上、外を見るか眠るかしかできないのだ。目の前の家に僧が泊まりにきた、ただそれだけ。明日にはそれもいなくなって、いつも通りつまらない日々が過ぎていくことだろう。
(ああ、退屈だ……)
ぼんやりそんなことを考えながら、俺は静かに眠りについた。
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