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1-2 いつもと違う夜
耳をつんざくような、奇妙な悲鳴。
びくりと目を覚ます。扉の向こうからは、微かな光がさしていた。そっと覗いてみれば、いつの間にやら外はすっかり夜で、明るい満月が静かな庭を照らしていた。
一瞬、いつもと何も変わらないと思った。しかし次の瞬間、
「ぎあぁああっ、あ、ひぃいいい……!」
叫び声を上げながら、家主が庭に飛び出すのが見える。その体は血で赤く染まっていて、彼は何かに怯えた様子で必死にこちらへと駆けてきた。
「お許しを、お助けを、ああっ!」
何かに乞うように繰り返し、ついに扉の前まで走ってきた男は、唐突に地面に突っ伏した。その背中に何かが覆い被さる。月光を受けながらも黒い影にしか見えない、何か歪な形のものが。その瞳のようなものばかりが、真っ赤に光っているのが見えた瞬間。
「あっ!?」
びしゃり、と扉の向こう側で液体が飛び散る。隙間からこちらまで入り込み、顔に飛んできたものだから、俺は思わず扉から離れた。
何が、一体何が起こっている? 慌てて顔を拭うと、べっとりとした血が手のひらにつく。そうだと気付けば、急にこの狭い空間へ鉄の匂いが充満したように感じた。
「ひっ」
思わず息を呑んで、それを穢れのように何かになすりつけようと、扉に手を掛けた。
その時だ。
「あ……!?」
これまで一度たりとも動いたことのなかった扉が、ずるりと動いて。
俺は夜の庭に放り出されていた。
記憶の限り遡っても、気付いた時には、この扉の中にひとり、閉じ込められていた。扉は押しても引いても、ビクともしない。ただ僅かな隙間から、外が見えるばかり。
そこは人の住む民家の片隅で、時折住民が通りかかる。その度、大声を出して助けを求めたけれど、どうやら彼らには声が届かないらしく、そのうち俺は外に出ることも諦めて寝こけるようになっていた。
不思議と、体は汚れないし腹も減らない。のんびり気ままに寝て、たまに起きては外を眺める。退屈も極まると何もかもどうでもよくなり、眠る時間も長くなったかもしれない。何度家の住人が変わったかもよく覚えていない程だった。
それほど長い間。この扉は俺と外を隔てていたのだ。
なのに。
「……っ!? そ、外、外なのか……!?」
俺は初めての、外界に酷く動揺していた。
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