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4-5 わからぬままに

「…………」  心光は少しだけ不服そうな表情を浮かべた。しかし、大人しく室内に戻ってくると、俺の隣に座り込む。そんな彼の目を見れば、いつもの亜麻色の瞳が揺れているばかりだった。  俺は漠然と、今の心光は少し妙だと思う。いつも以上に心光と「なにか」の存在はくっきり分かれている。そんなふうに感じた。  結局、「なにか」の正体はわからないままだが。いずれわかるときも来るのだろう。  そう考えていると、心光がくいと俺の袖を引く。何かと思えば、彼はずいぶんと穏やかに言う。 「蘇芳、せめて添い寝をしてくれませんか?」 「…………」 「誓ってあなたを騙し、身体を交えたりなど致しません。けれど、今宵は少々冷えますれば。あなたの温もりと共に眠りたいと思うのです……」  どうか、お願いします。そう言う心光は、どこか心細そうで……きっとこちらが彼の本音なのだろうと思った。  親に捨てられ、寺では慰み者にされ。それでも仏の道を歩んだ末に、人喰いの僧となってしまった彼。しかしそこになにか、やむにやまれぬ事情が有るのなら、心光もまた哀れな被害者のひとりだ。  救ってやりたい、と思う。あの夜、涙ながらに何かを懇願した彼のことを。 「……わかった」  俺は静かに頷いた。すると彼は息を呑んで、それから穏やかな微笑みを浮かべる。そこにあの妖艶さなどかけらも無くて、まるで稚児が親に甘えるようにも見えた。  それから寝床の準備をし、俺が先に横になる。そして心光が隣に横たわったのを、そっと抱き寄せて目を閉じた。  心光は俺よりもずっと細く、華奢な身体をしている。甘く優しい香りが鼻腔をくすぐった。互いに抱き合うのは確かに温かくて、どこか安心できる。  とくん、とくんと互いの鼓動が響き合う。  その夜、俺たちは通じ合っていた気がした。  朝陽が昇る頃になると、心光は俺よりも先に起き念仏を唱え始める。その美しい横顔を見ながら、俺はまだ眠い目を擦り火を熾こしに行った。  飯を食ったら、また旅を再開するのだという。久しぶりにゆっくり眠れて随分体力も回復した。もしかしたら、心光と添い寝をしたからかもしれない。そう考えると少し頬が熱くなる。  心光は、俺のことをどう思っているのだろう。ただの利用価値のある相手と思っているだけで、添い寝を求めたりするだろうか?  そんなことを考えながら、釜戸に向かっていると。 「あっ!」  小さな子どもの声がして、俺はのろりと顔を上げる。家の入り口、戸の隙間から誰かが顔を覗かせていた。少し考えて戸に歩み寄り開いてみれば、そこにはこの村の子どもと思わしきものが三人いて、俺の姿を見ると「きゃー」と笑い声をあげて逃げた。  俺が鬼だと聞いて、怖いもの見たさで来たんだろう。無邪気なものだ。しかも、どうやら彼らはそれほど俺を怖がっていない。それは少しだけ嬉しかった。  戸を開いたまま釜戸をいじっていると、彼らはまた戸の入り口に集まって来て、顔を寄せ合い俺を見ているようだった。構わず薪をくべていると、彼らが奇妙なことを言う。 「なあんだ。鬼っていうから見にきたけど、角なんて生えてないじゃないか」 「またおっかぁたちが、おれらを怖がらせようとして嘘ついたんだ」  その言葉に、俺は驚いた。  角が、生えていない?  そして自分の額に手を当てて、気付く。昨日まであれほど存在を主張していた二本の角は、また骨の隆起ほどの大きさに戻っていた。そう考えてみれば、歯の牙も無くなっているような。  いったい。どういうことなのか。  俺にはなにもわからないままだった。

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