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5-8 可能性
夜明けにはまだ遠い。
気怠い身体のまま抱き合い、甘く静かな時間を過ごす。心光は俺の胸に顔を埋め、静かに呼吸を繰り返している。その穏やかな様子は、ただのか弱い人間にしか見えなかった。
心地良い疲れはあるが、不思議と眠くはない。ちらりと心光を見れば、彼もまたそうなのか目が合った。どちらともなく微笑み合い、互いに触れ合う。
そうしていて、ふと思い立つ。
「なあ、心光。信じる力が人を変えてしまうなら……俺がもっと強く信じれば、お前は元通りの人間になれるか?」
そんなことで心光が救われるなら、いくらでもする。そう思ったが、彼は静かに首を振った。
「人がいくら願ったとて天翔ける鳥に、清流を昇る魚になれぬように、一度人の身を越えた者はそう易々と人には戻れませぬ。あなたが、いくら人の姿に近づいたとて鬼のままであるように」
心光の指が、そっと俺の頬へ触れ、それから額の角を撫でる。一時期よりもずっと立派なそれは、もはや地獄の鬼と呼ばれても仕方がないほど確かな存在となっていた。
「では、俺もお前も最早人には戻れない、ということか……」
暗い呟きには、心光は「いいえ」と答えた。
「可能性はございます。陰陽師です」
「陰陽師? だがお前は……」
陰陽師と見るや否や、問答無用で襲ったのは心光自身だ。しかし、心光は静かに続ける。
「わたくしが彼らを襲うには理由があります。ひとつには、彼らが呪詛を操る者であり、人を貶め化け物と成す罪人であるからです。彼らはその力で人を怪異と化し、それを祓うことで権威を獲得していった……と言っても、過言ではありません」
「そんな、……そんなのは、外道のやることだ」
「左様でございます。ですが、同時に。もし、話の通じる正しき陰陽師がいるのなら、きっとあなたの鬼である部分と、わたくしの影である部分を退治できるのではないか……。わたくしはそう、思っているのです」
たとえば、高名で崇高な陰陽師、安倍様の一族ならば。
心光の言葉に、俺も頷いた。俺をあの祠に封じたのも、安倍とかいう陰陽師だったらしい。なら、その一族に俺の過去についても伝わっているのかも。都にいって彼らと話せるなら、話してみたいものだ。
もっとも、彼らが異形の僧と鬼の言葉に耳を貸せば、だが。
「きっと、きっとわたくしの話を聞いて頂きます」
その為に、ここまでやって来たのですから。
心光は強い言葉でそう呟き、ぎゅっと俺の腕を抱く。俺もまた、心光を抱き寄せた。
都に行けば。俺たちは救われるのだろうか。あるいは、身を滅ぼすのだろうか。
わからない。わからないが、今の俺にはそうするより他無いように思えた。
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