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第99話 懐かしの異世界で
リビングのソファーに座っているのはツンとした華やかな美女。
綺麗に巻かれたサロン帰りだろう茶色の髪にハイブランドの服、高級な腕時計にピンポイントで輝くアクセサリー、誰がどう見ても綺麗で優雅な女性だ。
歳は20代半ばから30歳くらいに見えるんだけど、誰なんですかって隼人さんに訊ける雰囲気でもない。向かい合って座っているのに、隼人さんと女性はずっと黙っているんだぞ……?
「……」
「……」
元カノだったらどうしよう!?
アルは寝てるし、グレンシアはパトロールに行って居ないし、ジュリアは原稿書いていて部屋だし、雪葉ちゃんはリビングの窓拭きに忙しい。俺だけが見守っている状況だぞ。
『あるじぃ、むぅがいるよぉ』
うん、そうだな! むぅがいるよな!
俺はむぅを揉みしだきながら状況が進むのを待つ。
うーん……手持無沙汰だし、茶菓子の追加でケーキをお出しするかな。俺は一応、この家の使用人。仕事はしないとな!
「よろしければお召し上がりください」
俺は2人の目の前にケーキの載った皿を静かに置いた。
「あなたは?」
「へ? あ、この家の使用人で秋塚直哉と申します」
俺の返答を聞いて女性は紅茶の入ったティーカップを口にする。本当に優雅な仕草だ、ご令嬢ってやつかな。
「隼人」
「……」
「隼人」
「……直哉さん、席を外して頂けますか」
何度も自分を呼ぶ女性を無視して隼人さんは俺に対して下がるようにと言った。使用人としては、うん。命令には従うけど気になる。
俺はキッチンへ下がった。そうじゃないという顔の隼人さんだが、女性は待ってくれない。
「本題へ入る前に、言わないといけない事があるわよね」
「いやです、言わないです」
「ママって呼ぼうか」
「いやです」
ママなの? え、隼人さんのママなの? そういうプレイなの? どういう意味だっ!
「隼人は、今日一度も呼んでくれないじゃない! 本題へ入らずにずっと待ってるのに!」
「重大なご相談なんですから、さっさと本題へ」
「ママは?」
「……」
なんか、ママって呼んであげればいいのにって思うな。本当にお母さんなら、呼ばれたいだろ!
「隼人さん、ママって呼べばいいじゃないですか。お母様なんですよね?」
「ぐっ……」
隼人さん? なぜそんな苦虫噛み締めたような表情になるんだ?
「直哉さん、この人男ですよ!?」
「はああ!?」
「私の父親なんですっ! 普段は母と呼びますし、母が2人居る事になっているんですが……ママ呼びはしたくないじゃないですか、さすがに!」
この綺麗な女性がパパだと!?
よ、世の中って怖いなっ……。
「隼人、お友達みたいな使用人ね」
「直哉さんとの立場は対等です。彼の力が無ければ世界を救えない程に大切なキーマンですよ」
「へえ! すごいのねえ、じゃあ直哉くんも一緒にお話ないとね」
「あ、ありがとうございます……隣失礼します」
俺は隼人さんの座るソファーへ腰掛けた。正面から見る隼人パパは超美人である。
隼人さん今年で30歳だし、父親の年齢っていうと40歳は過ぎているはずなのにな! 普通に考えたらこのパパ50歳くらいのオジサンでは……。
俺の視線なんて捨て置いて、隼人パパは真剣な表情で話を始める。
「情報は隼人から聞いているので、もう話は簡単。ゴブリンから世界を救ってほしい。政府からの秘密のお願い」
「お母様はどのようなプランをお考えですか?」
「ママでしょ? その異世界とやらに行って武器を調達できればと考えたけど、手っ取り早く陸続きにでもして同盟を結び共同でゴブリン排除に動くのが得策かしらね。できるのか知らないけどぉ!」
そういう話ならば専門家が居る。窓を一生懸命磨いている俺の従魔だ。
「雪葉ちゃん来てくれるかな」
「なんだぁ?」
雪葉という名前で合点がいった様子の隼人パパは雪葉ちゃんを真剣な眼差しで捉えた。
「単刀直入に訊くけど、貴方の力で2つの世界を陸続きに出来るのかしら?」
「はへ!?」
突然ぶつけられた語気強めの質問に雪葉ちゃんは半泣きで姿勢を正す。
「ぎ、儀式をすれば可能だぞ! その核はアツマシノという物の怪の毛だ。この地域に居るが、オオカミの毛故、本来の姿からもらう必要がある。奴は他の生物に擬態しているであろう。見つけるのは困難だぞっ!」
俺の可愛い従魔は緊張の泣きべそで言い終わると、俺のお腹にぽすっと顔を埋め抱き着いて来た。
「それは、ファンタジックで困るわねえ。物の怪の専門家っていうと霊能力者とか神社とかかしら?」
日本で普通に暮らしていたら困る話だよな、確かに。……ん?
「直哉さん、何か閃いた顔していますけど。どうしました?」
俺の閃きに隼人さんは身を乗り出して内容を問う。
別にめちゃくちゃいい案が浮かんだとかじゃないし、ちょっと発言しづらいんだが……。
「あの下着泥棒のゴブリン、実はゴブリンに擬態した畏怖の存在なんです」
「!」
「奴がアツマシノか確かめるのもありかなって……思ったんですよ」
「いいですね!」
俺たちの会話を聞いていた隼人パパは笑顔を見せる。
「そう、全て貴方たちに任せるわ、頑張ってね」
「お母様、もうお帰りですか?」
「ええ、大人になった子供の心配をするほど野暮なママじゃないの」
そう言い残し、隼人パパはお帰りになった。
「隼人さんのママかっこいいですね!」
「直哉さん、他人事だと思っているでしょう!」
「か、かっこいいパパですね……」
それからアルが起床し、グレンシアが帰ってきた。
4人とむぅでリビングに集まり作戦会議の始まりだ。
「隼人の元カノの下着を餌に罠を仕掛けるか?」
「アル……まだ怒っているんですか」
「他に餌が無いからな」
アルはぷいっと反対を向いて不機嫌を表す。
元カノの服を現在進行形でアルが着てるんだもの! と俺は思うが、一旦置いておこう。人の性癖に口を出すなんて大人のやる事ではないからな! とりあえず……。
「大量の下着を買ってきますか?」
「もう下着から離れませんか」
隼人さんの言う事も分かるが、アルの言葉の通り他に餌は無いぞ。
ぎすっとした空気になる中、グレンシアが姿勢を正す。
「あちらの世界の時のように、私たちをむぅに運んでもらうのはどうでしょうか?」
グレンシアの提案に俺たちは目を丸くした。
「むぅって、こっちの世界でも目的地に飛んで行けるのか?」
『いけるよぉー』
俺の問いにぷるるんと威勢よく答えるむぅ。従魔から頼もしさを感じる。
「じゅ、準備して、むぅに運んでもらおう!」
俺の言葉で各々準備を始めた。まあ、刀持って身なりを整えて、着替えとか最低限の旅支度をするくらいだけどな。
「むぅ、俺たちを運んでくれ」
『いいよぉでもだいじょうぶ? おみずたくさんあるょ?』
「お水? んーまあ、大丈夫だよな! 行こう!」
よくわからないままむぅに乗って着いた先は温泉、しかも女湯だった。
若い女性も居てお互いに固まる。ちゃぷんと浮くむぅに乗った俺たちの絵面は謎過ぎるだろう。
「とっ! 透明化っ!」
「この温泉のどこかにアツマシノが?」
透明化されて周囲を見渡すグレンシアの言葉へ返事をするかのような声が響く。
「アツマシノ」
その声と共に俺たちの周囲は暗転、瞬きをした次の瞬間には鬱蒼とした森の中にいた。
どういう事だ? と混乱すれば、草むらからホーンラビットが顔を出す。
それは、ここがあの世界だという事だ。
「ここは……」
グレンシアとアルはこの場所が分かったのか走り出す。森を抜けると王都だった。城が見える。
だが、街は寂れており、城もなんだか暗い雰囲気を纏っている様子だ。アルは泣きそうな表情で自宅へ走り、俺たちも追い掛ける。
ディアドや王様はどうなっているのだろうか?
彼らの家族が無事なのか、全員が不安を抱いていた。
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