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第98話 王子様がキャラグッズに目覚めた件

 ゴブリンは隠れたり、逃げるのが得意だ。ゴブリンの出没を掴めずに、時間が過ぎる。  巣がどこにあるのか、隼人さんと俺がネット情報から探しているものの、フェイクもあればただの噂レベルの話題もある。ゴブリン共の尻尾を掴む事は困難を極めた。  そうしながらも平穏な昼下がり。俺と隼人さんはリビングのソファーで寛ぎながら、ノートパソコンで情報を拾っている。  プログラマーとして調べ物は職務のうちだが、ゴブリン情報となると勝手が少し違う。退屈というか飽きてきた。  ぼーっとしている俺と、真剣にノートパソコンを見ている隼人さんの後ろにそわそわとした様子のグレンシアがやって来て、何やら意を決めている……? 「隼人!」  俺は首を傾げる。隼人さんに声を掛けたグレンシアの様子が少し変だ。   「隼人のクレジットカードを貸して頂きたいのです」 「何に使うんですか?」 「それは……」  グレンシアが俺をちらっと見て、俯く。  お、俺に内緒なのか? 「用途は言えませんが、2000円です」 「ふーん……」 「私の貯金から支払いますが、隼人の名義で決済させて欲しいのです」 「まあ、グレンシアがネットで買い物をするには私の名義がいりますからね」 「ええ……」  深刻な表情だ。一体、2000円で何が欲しいんだ!?  王子様が隠し事をする様子に少しムッとした俺は身を乗り出して口を挟む。   「グレンシア、俺のアカウントを貸すからさ。俺のクレジットカードを使えばいいだろ?」 「ダメです!」 「なんで?」 「ダメなんです!」  何故か俺の名義ではダメらしい。何かを隠すグレンシアの様子から、いかがわしい想像をした隼人さんは噴き出して笑う。 「グレンシア、欲しいエロ本かAVでもあったんですか?」 「えろ? えーぶい? よくわかりませんが、それなので貸して欲しいです!」 「絶対意味わかってない、この子っ!」  隼人さんはお腹を抱えて笑う。俺のグレンシアで遊ばないで欲しいんですけど!? 「グレンシア、俺のクレジットカードを使え!」 「いやです」 「なんでだよ!?」 「もういいです!」  そう言い残し、拗ねたようにタブレットへ向かう王子様。俺は後ろに立ってそっと画面を覗いた。  どうやら、フリマアプリの画面だ。  そこには梨の妖精のキャラグッズがずらっと並んでおり、王子様はぽちぽちとお気に入りマークを押している。  俺が梨の妖精Tシャツを反対したから、グッズも買ってもらえないと思ったのだろう。というか買う前に文句を言われて自分のお金ですらも買えなくなるんじゃ? と、心配したんだ……!  いや、可愛いかよ!? 俺は1人静かに悶える。  俺はグレンシアにフリマアプリで使えるポイントを贈る事にした。 「直哉さん!?」 「これ開いてくれ。俺が承認すれば1万円分のグッズが買えるからさ」 「いいんですか?」  グレンシアは嬉しそうに表情を緩ませる。よっぽど欲しいんだな!   「贈り物な。財布のお礼だ」 「で、でも直哉さんは梨の妖精さんが嫌いなのでは?」 「いや、キャラTシャツ着てる彼氏が嫌なだけだぞ」 「そ、そうですか!」  速攻でお気に入りからTシャツのみ削除する姿が愛おしくてしんどいっ! どちゃくそな可愛さで俺の心をずきゅんと射止めてくるんだけど? なんで、この王子様は梨の妖精が大好きなんだ!? 可愛いかよっ! 可愛いぞ! もうっ!  グレンシアはきらきらしたおめ目で梨の妖精グッズを選んだ。     引き続き情報収集をしていると隼人さんが声を上げる。 「これ――」 「隼人さん? どうしました?」  ノートパソコンの画面に身を乗り出す隼人さんの反応からして、いい情報を拾ったらしい。 「心霊スポットとして紹介されているんですけどね。大量の女性のブラジャーが集まっているそうです」 「それって、プールで女性の水着を剥ぎ取りまくっていたゴブリンの形跡ですか?」 「おそらく」  画像を見る限り、被害は下着のみだ。白とピンクが多いな。なるべくひらひらしている、小さめなサイズを集めているのだろうか?   「このゴブリンって下着にしか興味がないんですかね……」 「人間でもそういう性癖の方はいますしねえ」 「このゴブリンはサイズと色にこだわっているようです」   「女子大生のブラジャーメインって書いてありますね。何を根拠に言っているのか」 「でも、なんか……わかります」    なんというか、この頭の悪そうなゴブリンの話をすると、俺たちの知能まで下がっている気がする……! なんて危険な種のゴブリンだっ! 「ですが、画像に紐パンがないなんて、このゴブリンはまだまだですよ」  隼人さんの知性を返せよ! このゴブリンめっ!  画像へ釘付けな俺たちにアルが近付いてきた。   「お前らは先程からブラジャーとパンツの事しか考えていないが、何をしているのだ」 「アルテッド! それは誤解だ!」 「いや、直哉は黒が好きで、隼人は紐パン一択と考えているようだが」 「グレンシアが黒いの履いてるの!」 「そ、そうか……」  俺たちの知性が戻らないと、アルに俺たちの性癖がバレてしまうぅぅううっ!  何はともあれ! 隼人さん、アルテッド、グレンシア、俺の4人で現場へ来た。  廃墟の村とか絶対に入りたくなかったけどな!  俺たちは廃村に足を踏み入れ下着が積まれているという件の屋敷まで歩いた。    パキパキと折れる枝に大量の枯葉。村とはいえ古すぎて整備されていない山道だ。  明治の洋館かと思える廃村に馴染まない立派な屋敷は小高い丘に不気味な佇まいで建っている。  入る事を躊躇うが思い切って踏み込んだ。    下着が、山積みになっている。あれから増えたのか、パンツもある。黒ストッキングまで! わかっているなコイツ! 「直哉、お前……黒好きだな……」 「アルテッド、やめてくれっ! 言わないでくれっ!」 「直哉さん?」 「グレンシア、違うからな? これは、男の義務教育みたいな範囲なんだよ!」  俺の言い訳をスルーして、隼人さんはゴブリンの痕跡を探している。 「なぜかタバコの吸い殻……新しいですね。日本酒の空き瓶、スルメのパッケージ。オッサンでもいたかのような痕跡ですよ?」 「それって、あのゴブリンがオッサンなんですかね?」 「……人語を話す、ゴブリン。オッサン……まさかオッサンがゴブリンの皮を被っているなんてオチなら大変な話ですねえ」  ぎしっ!  隼人さんは嫌そうに振り返る。  床が鳴ったのだ。俺たちも振り返れば、そこには身長2メートル以上はある大男がいた。筋肉質で、ほぼ劇画漫画に出て来る戦士だ。ムキムキすぎて現実に見ると化け物にしか思えない。 「こんにちはー! ここにお住まいの方ですか?」  隼人さん、常識的な挨拶してる場合ですか!? どう考えても普通の村人じゃないですよ!? 「ああ、スンデルゾ……」 「まさかー、ゴブリンじゃないですよねえ?」 「ははっ」  俺は大男が後ろに隠している物が気になって近付いた。近くで確認すると、手に持っていたのはブラジャーだった。 「! これって……うわっ!?」  大男は俺をひょいと持ち上げるとすごい速さで廃村を走り抜ける。あっと言う間に隼人さんたちが見えなくなって、俺は近くの森へ連れ込まれた。 「わっ!? な、なんで? なんだよ!」  どさっと降ろされると、顔をぐいっと近付けられる。 「オマエハオンナ……?」 「ちがうよ! 男だ!」 「オンナダ」 「違うって!」 「フシギ、キョウミガある」  スンスン匂いを嗅いでくるのやめてくれ! 怖い……! 「俺はゴブリンには女だと誤解されるけど、男だし、子供産めないし、お……犯しても何にもなんないんだからな!」 「オカサナイ、キョウミない」 「殺す?」 「コロサナイ、キョウミない」  うん? 意外と安全なのかな? ちょっと安心した俺は質問をぶつける事にした。 「……なんでお前は、ゴブリンと人間の姿を持っているんだ?」 「オレハゴブリンじゃない。ニンゲンでもない」 「じゃあ、なに?」 「ゴブリンにナッテヒマヲツブシテいる」 「……それで?」 「まあ、ヒヒヒっ!」  なんとなくわかった。所謂、畏怖の存在なんだ……。 「俺の事を帰してくれる?」 「オマエオモチャ」  バチバチバチッ!  大男が俺を殴ろうとすると、激しく空間が歪み大男は吹っ飛ばされた。 『雪葉の主よ……』 「だ、誰!?」 『いずれアナタは雪葉の主として、責任を取らねばなりません。適切な時が来たれば――』 「直哉さん!」  グレンシアの声で神聖な声と気配は消えた。  あの声は雪葉ちゃんが眷属として仕えている神様なのか? 「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」 「あ、ああ……」  大男は消えていたようで、隼人さんとアルは辺りを見回している。  なぜかさっきの出来事は誰にも言ってはいけない気がした。 「帰ろう……」 「直哉さん?」 「なんでもないんだ。ちょっと怖かっただけだ」  心配そうなグレンシアに抱き着いて、俺は瞳を閉じた。  家に帰ると、ぱたぱたと玄関まで走って来た雪葉ちゃんが俺に泣きついてくる。 「あるじぃ!」 「わかってる。大丈夫だ」  俺は雪葉ちゃんの頭を撫でた。  それから、特に何もない。例の事は忘れて過ごしているが、心に引っかかる感覚だけが残っていた――。  でも、平和なんだ。  グレンシアが梨の妖精のパンツを両手で広げているくらいには。   「直哉さん! 隼人が梨の妖精のパンツを買って来てくれました!」 「グレンシア……頼むから無地の黒でお願いします。それは捨てようか?」 「なぜっ!?」  グレンシアの泣きそうな顔に、笑みが零れた――。

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