97 / 105

第97話 嘘つき従魔とヤンデレ王子

「我は嘘つきだ……」 「雪葉ちゃん?」 「もう、ここには居られないな」  そう言いながら、涙を流しつつ部屋へ走ると荷造りを始めた。  可愛い泣きべそで一生懸命、鞄に荷物を詰めている。その様子になんというか、雪葉ちゃんが危ない存在ではないような安心感を覚えた。 「雪葉ちゃん、いいんだ。誰だって嘘をつく事はあるよ。家出なんて必要ないからさ、正直に話してくれないか?」 「あるじぃ~いいいぃ!」  大粒の涙を浮かべた雪葉ちゃんは俺に抱き着いてきた。 「我わぁ眷属なのだ」 「眷属? って神様とかの?」 「うむ、人間から眷属に召し上げられた。だが、我は修行にも耐えられず、隼人のゲームに住み着いたのだ。人間のふりをする嘘をついていたが……」  雪葉ちゃんはふるふると震えている。   「あの世界作ったのも、崩壊させたのも我なのだ!」 「へ?」 「隼人たちを利用したのだ。しかし、神様にバレて、世界を取り上げられてしまってな。でも、抵抗したくて、こう引っ張ったら……世界は弾けて、ばらばらになってしまった。あの世界に残ったもの、この世界に落ちたもの。この世界で新たに生まれたもの。全て世界が砕けた事で今の位置にいる」  よくわからない。いや、理解が追いつかないが……。 「これ、皆に報告して話し合おう」 「い、いやだ、怒られる!」 「怒らないよ。でも、厳しい事を言うようだけどさ、雪葉ちゃんの話が本当ならゴブリン被害の原因は?」 「我だあああ! うわあああん!」 「だ、だから、皆で何とかしようよ!」 「我を見捨てないのか?」 「見捨てない」 「神様すら激おこだったのに……主ぃ……」  まあ、怒るよね! それはそうだよ! 世界めちゃくちゃだよ! でも。 「ありがとう」 「?」 「あの世界を作ってくれて、グレンシアに命をくれて……ありがとうな」 「あるじ……っ!」  全員でリビングに集まって、雪葉ちゃんの話をすれば隼人さんが叫び出す。 「うわああああっ! やっぱりこれかああ! いや、世界が変わったって事ですよねえ!? どうなっているんですか? 整理して教えてくださいよ、眷属様!」 「う、うむ!」  ビビッて涙目な雪葉ちゃんはおずおずと説明を始める。 「千切れた拍子に世界は消滅したり、ばらばらになったりした。我程度の力では詳細は把握しきれぬ、しかしあの世界は残っている。欠けたものは多いが、残ったものも多い。何が問題かと言えば、この世界にゴブリンが湧いた事だ。あの世界の影響なのは間違いない」 「一度ゴブリンを書き換えられないか試しましたが、この世界のゴブリンはプログラムではないんですよ。それはどういう事ですか?」 「この世界で爆誕したのだ! 犬猫と変わらん、動物の一種だ。我がめちゃくちゃ怒られたのはゴブリンがこの世界の生態系に組み込まれてしまったからだぞ!」  それは怒られるわ……!  隼人さんは頭を抱え、唸っている。  そこでジュリアが庇うような声を出す。 「でも! ジア……いいえ、眷属様のおかげで私たちは生きているのよね? なら、少なくともあっちの世界で生まれた私たちは眷属様に感謝じゃないかしら?」  ジュリアの言葉に雪葉ちゃんの表情は明るくなった。 「ジュリア……! 我に感謝してくれるのか!?」 「まあ、仕方ないわよね」 「嬉しいのだ!」  グレンシアとアルテッドも同意見らしい。まあ、俺も同意見だ。感謝してもしきれないが、隼人さんは深刻な表情を崩さない。 「確かに最愛のアルを生み出せたのは、眷属様のおかげです。しかし社会的な代償が大きい。個人的に感謝しているで済む問題ではありませんよ」 「ぷきゅう……っ」  雪葉ちゃんは萎むように落ち込んでしまった。確かに、被害が大き過ぎるんだよな……。 『だいじょうぶだよ』 「むぅ?」 『むぅがぜーんぶたべちゃうもん』 「そうだよな、全部やっつければそこから先の被害はない。前向きに考えるしかないよな」  俺の言葉で隼人さんも冷静になった様子だ。深刻に考えても状況が好転するわけじゃない。少し楽観的になってやれる事をコツコツとする、それが何事においても最短ルートだ。 「わかりました。眷属様のご協力を得て、全力でゴブリンを全滅させます。いいですね?」 「我は頑張るぞ!」  全員が頷いて、積極的にゴブリンを討伐する事になった。    話もまとまって、解散になったのだが。  リビングのソファーへ腰掛けた俺に雪葉ちゃんとむぅが甘えてくる。膝に乗って、俺の顔に手を伸ばしてくるのだ。  可愛い従魔たちにほっこりとしていると、グレンシアの声がして嫉妬かもしれないと俺は焦る。 「直哉さん」 「ど、どうした?」 「いえ……」  グレンシアは俺の肩に手を回し、後ろから抱きしめてきた。 「グレンシア?」 「なんでもないのです」  俺はまさかとは思ったが、想像を口にする。 「不安なのか?」 「……」  どうやらグレンシアは不安で俺に甘えているらしい。事が大きくなってきたし、危険も増えるかもしれない。国がどう動くかも、社会がゴブリンをどうするかも未知数だ。未来が見えない事で、漠然とした不安を感じているのだろう。  大丈夫だって気軽に言えない。俺にも未来は分からない。 「俺は不安じゃないよ。グレンシアがいる」 「……」 「グレンシアは強いし頭も良くて、俺はどの世界でもグレンシアが居るだけで不安じゃない」 「直哉さん……」 「これからも俺の事を守ってくれるか?」 「っ! もちろんです」 「よかったっ!」  俺は一生懸命に明るい笑顔をグレンシアへ向けた。  これが俺の精一杯の女子力だ! いい女風で頑張ってみたんだ! 俺ではただの頼りない男だがなっ! 「私は直哉さんを守れるのなら、それだけでいいんです。直哉さんだけが私の全てです」 「お、おうっ!」 「万が一守り切れなかった時には、私も直哉さんのもとへ参ります」 「いや、その時はグレンシアには生きて幸せになって欲しいっていうか」 「いいえ、直哉さんの居ない世界に未練はありませんよ」  ぐ、グレンシア? 激重王子になってるよ?  愛情が少々重いのだが、これでグレンシアの気持ちが楽になるならいいのか? いや、ヤンデレ化して大変な事にならないか心配なんですけど……?  彼は俺の髪にキスをして「愛しています」と囁いた――。    まあ、グレンシアの気持ちも落ち着いたようでよかった。俺はグレンシアの髪を撫でた。  ふと俺の膝の上で遊ぶ雪葉ちゃんと目が合う。俺はヤンデレ王子に抱きしめられながら可愛い従魔へ質問をしてみる事にした。 「雪葉ちゃんの嘘ってどこからどこまでなんだ?」  雪葉ちゃんは少しびくっとして、黙った後に語り出す。   「我が人間だった頃の話だから、そこまで嘘ではない。人間として童貞無職であったし、家族からも見放されていた。誰も我を認めてくれなかったが、神様だけは認めてくださった。だから、我は眷属になったのだ」 「本当に、俺に嫉妬していたのか?」 「おそらく主は我に無いものを持っているぞ」 「?」 「……我は善行を積んできた。しかし家族はそんな我を馬鹿にし、そんな事をしてどうする気持ちが悪いと虫1匹の命を大切にする我を否定してきたのだ」  それは……雪葉ちゃんには悪いが、その家族はまともじゃないぞ。俺は雪葉ちゃんが正しいと思うし、神様がよき行いを認めてくださった事に激しく同意したい。 「あと単純に、姉妹がいるというのは許せなかったな。我は、男兄弟であった」  いやまて、男兄弟でこんな可愛い雪葉ちゃんがいるとか、めちゃくちゃ大事にされそうなものだが!? うーん、それぞれの家庭環境には事情がある……のか。 「私からも雪葉に質問があります。雪葉は自分が底辺だと言っていましたが、その理由を教えていただけませんか?」  グレンシアの言葉に雪葉ちゃんは俯き少し涙目になりながら語る。 「我は家を出るまでずっとお家に閉じ込められていたから、友達と遊びに行ったりもできず、いつも1人で過ごしていた。我は憧れていたのだ、アニメやゲームで青春を謳歌するキャラクターが羨ましかった。……今更、自立しようとしても出来なかったし……我は底辺弱者なのだ」  ……神様が雪葉ちゃんを眷属にした理由が、なんとなくわかった。  こんなに健気で優しくて素直な子なのに、恵まれない環境にいる。こんな可愛い子が虐げられている様子を目の当たりにすれば、何とかしてやりたいという気になるのは当然だ。  雪葉ちゃんの家族にどんな考えがあったのか、俺にはわからない。だが、少なくとも間違っている。 「では、皆で遊びに行きましょう」  グレンシアは雪葉ちゃんにそう笑い掛けた。  雪葉ちゃんはおめ目をうるうるとさせて、嬉しそうに顔を上げる。ひょこっと俺の膝から立ち上がると、部屋へ走っていく。戻ってきた彼は、くまさんのお耳のついたフードをかぶって短いショートパンツを履いてやってきた。 「お出かけの準備はできているぞっ!」  もう行く気満々なのかと、俺は笑みが零れる。帰ってきたばかりなんだけどーなんて言えなくて、俺とグレンシアも支度をして街へ出掛ける事にした。  ちょうどお昼時だ。なんとなく雪葉ちゃんはクレープを食べ歩くのが好きだろうと考え、俺たちは原宿にやってきた。ここなら雪葉ちゃんが好みそうな小物や服が置いてありそうだからな。  雪葉ちゃんはぴょこぴょこ動きひょことショーケースを覗いては嬉しそうに、俺たちの様子を見ている。 「手を繋ぐのだぞ」  そう言って雪葉ちゃんは俺とグレンシアの手を片方ずつ持ちぎゅっと繋ぐ、まるで親子のように歩いた。この図だと俺がお母さんだよなぁ。雪葉ちゃんは俺たちの手につかまって、引っ張って、遊んで、とても楽しそうにしている。  もし、グレンシアと俺に子供ができたらこんな感じなのかもしれない。なんて……もうあの世界に戻れないのだとしたら、俺とグレンシアの子供が生まれる事ってないんだよな。  そもそも結ばれる事すらできない。この日本において男同士で結婚と言うのはまだまだ難しい。 「クレープ屋があったのだ。我はイチゴとバナナと生クリームが欲しいぞ!」  俺たちも雪葉ちゃんと同じものを頼み、俺はグレンシアの分のクレープを持って原宿の街を歩き出した。  グレンシアが持つと浮いたクレープになってしまうので俺が持つのは仕方がない。とはいえ、俺が手に持つクレープを一生懸命食べている彼が愛おしくて、ついにやけてしまうな。  これでは、好きな人を餌付けしているみたいだ。 「ふふっ」 「直哉さん?」      もうたくさん見て回ったし帰ろうかと思っていた時、雪葉ちゃんが商品を見て欲しそうなのに買わない事に気が付いた。もしかすると雪葉ちゃんはお金をあまり持っていないのかもしれない。 「雪葉ちゃん欲しいものがあったら言えよ?」 「我は見ているだけで満足だ」  そうは言うが欲しそうな顔をしている……今日の記念というのもあるし、俺は雪葉ちゃんがずっと眺めて欲しそうにしていた商品をレジへ持って行き、会計を済ませ彼の手に載せてあげた。  それはくまさんのキーホルダーだ。雪葉ちゃんはくまが好きなのかもしれない。 「はい、今日の記念な」 「あるじ、ありがとうなのだ」  ちょっと遠慮がちにしながらも嬉しそうな表情で、雪葉ちゃんはくまのキーホルダーを眺めていた。  店の外に出るとすごい人混みだ。この通りはいつも人が多い。  「我は人混みが楽しいぞ」  雪葉ちゃんの言葉に少々胸を締め付けられるが、今日という日が雪葉ちゃんにとって楽しい1日になってくれればと思った。    俺は雪葉ちゃんを背負って歩いている。無邪気な従魔の彼ははしゃぎ疲れて眠ってしまったのだ。 「雪葉を見ていたら、あちらの世界に戻りたいと思ってしまいました」 「俺もあっちの世界に戻って子供を作る事ができればって思ったよ」  グレンシアは少し寂しそうに微笑み頷いてくれた。  確かにさ、こっちの世界は便利だし、娯楽に溢れているんだよ。今となっては向こうの世界以上に危険な場所ではあるけど、それでも発展した文化や社会、それらは俺にとってとても魅力的だ。  でも、あっちの世界にしかないものがある。グレンシアと家族になって子供を作って孫が生まれてなんて事は、こちらの世界ではただの夢物語だ。……あの世界に戻れたら、すぐにグレンシアと結婚して子供を作りたい。  とはいえ、あちらの世界は壊滅的な被害を受けているかもしれないし、こちらで生きていく事が俺たちのリアルだ。 「こんなに不思議な事がたくさん起きているんだ。こちらの世界で俺たちの子供ができる未来だってあるかもしれない」 「そうですね。何が起きるかわからないですから、諦めるのは早いですね」  俺とグレンシアは微笑み合って、手を繋いだ。  この手を離さなければ、きっと幸せな未来があるのだと信じている――。 「原宿に梨の妖精はおりませんでしたね」 「うん、いなくてよかったよ……」

ともだちにシェアしよう!