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第96話 プールでのお約束なんだけどな?

 ◇  遊園地から帰ってホテルに1泊した。  俺たちはあともう1日滞在し、近所の大型プールへ行く事になった。このプールはとても広い敷地に建てられており、東京ドーム1個分ほどの広さを誇るテーマパークである。  遊園地での反省点を踏まえ、入場した後、更衣室で水着に着替えた全員へ透明化をかけ遊ぶ事にした。プールといえば飛び込み台とスライダーだが、とても高い位置に設置されている。  グレンシアとアルテッドはそのアトラクションで何のためらいもなく遊ぶ。1ミリも怖さを感じていない様子だ。  隼人さんも平然とアトラクションで遊んでおり、2、3回も遊べば全員飽きていた。俺はと言えば1度も飛び込めず1度すらスライダーで滑れず。びびって3人のもとで休んでいる。 「よくあの高さから飛び込めるなぁ」 「そういった怖がりな所も、直哉さんの可愛らしさですから」 「グレンシアに可愛いって言われるのは嬉しいけど、男としては少し自信を無くすんだが」    それからしばらくしてさすがに「プールには飽きた!」という空気が流れている。いくら大人向けに作られたプール施設であっても水遊びというのは子供向けだ。やはり大人の男が楽しむ要素と言えば、水着の女性な訳である。  だが、グレンシアの手前、ジロジロと女性の水着姿を見る訳にもいかず、たまに好みの女性が目の前を通ると何気なくちらっと見る程度だ。  それは隼人さんも同じ様子で過ごしてはいるが、俺と違い隼人さんはアルに全て暴かれている訳で、俺より女性の水着姿を見る事は困難だろう。 「アルー! さっきからその目やめてくれませんか? プールと海と言えば水着ですから男が女性の水着姿を見てしまうのは仕方のない事なんですよ。この世界の常識ですよ!」 「この国にはずいぶん破廉恥な常識があるのだな」  いや、男として庇う訳ではないが、この日本において大人の水遊びと言えば、女性の水着姿。男としては、常識の範囲内だ!  別に盗撮をしたり、いたずらをする訳でもない。見るのは、何の犯罪でもなければ、マナー違反でもないぞ。ちゃんとバレずに、ちらっと見れば、相手の女性だって気分を害さないだろう。それは正しく奥ゆかしい日本の性のあり方なんだ。 「はぁ? お前ら馬鹿なのか」   「いやまてアルテッドはどうして興味がないんだよ!?」 「興味がないと言うより困惑している。あんな裸も同然の格好で平然とした女共にはむしろドン引きだ」 「グレンシアは?」 「私は直哉さん以外には興味がありません。なので直哉さんも女性を色目で見るのはやめて下さいね」  なんか少しグレンシアから怒りを感じる気がする。嫉妬深いグレンシアの手前、女性の水着姿を見るのは控えた方が良さそうだな!  そもそもこの透明化のスキルで俺たちが周囲に見えていない以上、女性に対して何らかのいたずら的な態度を示した所でバレない。下心や破廉恥な気持ちを持たない強固な自制心が必要ではある。   「――きゃあああああっ!」    突如、女性の悲鳴が会場内に響き渡った。監視員のピッピーと言う笛の音が鳴り、それと合わせるようにして会場の奥から人々が走って逃げて来る。何かトラブルがあったのは確実だ。  俺たちは顔を見合わせ、それがゴブリンだと思い至り意見が合致した。  であるならばと、更衣室に戻り日本刀を手にする。日本刀を持ち、俺たちは現場へ走った。そこには胸を抑えて豊満なそれを隠す女性たちがたくさんいる。なぜか額に傷のあるゴブリンが、女性の水着を剥ぎ取っているのだ。  剥ぎ取られた女性たちは胸を隠しながら逃げ惑っている。額に傷のあるゴブリンは、水着を着た女性たちの居る所へ移動し、どんどん水着を剥ぎ取る。 「あのゴブリンには以前遭遇した事があります。あのゴブリンは人語を話し、とても高い知能を持っているのです。このように女性を襲うのではなく、いたずら目的で女性の裸を見たり、下着に興味を示したりする悪辣なゴブリンです!」 「それはなんとも中学生みたいなゴブリンですねえ」  まぁ隼人さんの言う事もわかるが、そんな思春期の男子みたいなもので済ませられるレベルではない。  グレンシアの話の通り、あのゴブリンに女性を傷つける意図がなかったとしても、水着をはぎ取られた女性たちの恐怖は計り知れない。  あんな緑色のゴツゴツとして悪臭を放つ存在が自分の肌に触れたとか、水着に触れたと思えば、それだけでトラウマものだろう。  日本刀を持ってきたは良いものの、このプール内で日本刀を振るうのは現実的でなかった。ゴブリンが素早く動くので、周囲の人たちを避けて刀を振るう事が難しい。  額に傷のあるゴブリンは、柵を飛び越え外に出るつもりのようだ。これは好都合だと。俺たちも柵を登ろうとしたが、柵の上から複数のゴブリンが降ってきた。このゴブリンたちは普通の種のようだ。先程のゴブリンの配下なのかもしれない。  周りに人が集まっていない事から、俺たちは日本刀を引き抜きゴブリンたちと戦闘を開始する。グレンシアたちの剣技の前に、日本刀で真っ2つにされるだけのゴブリン共。これならばこちらの圧勝だと思った。  そう思った所で、周囲の柵から大量のゴブリンがプールに崩れ込んできた。  恐ろしい事に近くの男性を切り裂き女性を担ぎ上げようとする。  必死に逃げる人々が目の前にいるのに、この圧倒的な数相手では無力だ。  被害者を出しながらも1体ずつ討伐する他にない。そう覚悟し、冷や汗が流れた時――! 『あるじぃ』  名を呼ぶ、懐かしく可愛らしい声が俺の脳裏に響いた。  念話だ。  これはむぅだ!  プールの水がぶわっと溢れて濁流のように人々をのみ込んだ。俺たちすらものみ込まれたが、その水の中で呼吸ができる事に気が付いた。  ここはおそらくむぅの中だ。  むぅにのみ込まれたゴブリンたちはどんどん消化され、人々は呼吸ができる事に驚き、不思議そうな顔で辺りを見回す。  すべてのゴブリンの消化が終わり、安全を確認したむぅは小さくなって人々を解放する。すると、プールの水が全て無くなった。俺の足元では小さくなったむぅが1匹ぽつんっと佇んでいる。 『あるじぃー!』 「なんで、むぅがここにいるんだ!?」 『きがついたらぷーるになってたのぉ』  おそらく異世界から転移してプールの水になっていたのだ。  いや意味がわからない。わからないが、むぅならなんでもありなのかもしれない! 「久しぶりのむぅはめちゃくちゃ可愛いなー」  ここのプールに来なければむぅを回収する事は難しかった。それを考えると、すごい偶然だ。だが、俺はハンドさんとの出会いで不思議な力や巡り合わせを信じていた。  隼人さんも俺たちの異世界転移騒動、すべては何らかの大きな力によるものなのではないかと考えている気がする。このむぅとの再会も何らかの力によるものでは? と思わずにはいられない。  俺はむぅを抱きしめ再会の嬉しさを噛み締めた。  プール内には自分の水着を探してウロウロする半裸の女性たちが溢れ、会場はほぼパニック状態だ。  男性たちはとにかく怪我人の救護を急いで、家族の安否を確認して逃げなければ! と言う姿勢ではいるが、どうも半裸の女性たちが気になってしまう。  と、下心を抱く男性も一定数いるだろう! というか、男としては落ち着かない場所になっているのは確かなんだよ! 犯罪行為が起き無い事を祈りつつ俺たちはそのプールを後にしてホテルへ戻った。 「あの額に傷のあるゴブリン、何かを握っているのかもしれませんね」  隼人さんがそう口にする。  俺たちはホテルに戻ると、あの額に傷のあるゴブリンについて話し合う事にしたのだ。少なくとも奴はボス級に当てはまるだろう。  油断して退治できる相手ではないという事で意見は一致した。  こっちの世界のゴブリンは、あっちの世界のゴブリンとは少し性質が異なるのかもしれない。  少し不安を抱きながら、俺はこの世界をどうすれば救えるのかと漠然と考えていた。  大切な人たちが住むこの世界をどうすれば守れるのかと、少々恐ろしくなりながら考えるが、答えが出ない。  それはこの場にいる。全員同じなのだと思った。 『あるじぃおなかへった』 「ぎゃあああ!? むぅ、部屋のテレビ食べちゃダメー!」 「きゅい?」  翌朝、アルが帰る前に話す事があると言い出した。    アルテッドが神妙な顔で言った言葉……それで俺は一気に真剣になる。 「念の為の話だが……ジアンには気をつけろ」   「アル、どういう意味ですか?」  少し焦った様子の隼人さんがアルに問いかけた。今ジュリアと2人きりにしている雪葉ちゃんに何か警戒するべき点があるのだろうかと、俺たちに緊張が走ったのだ。 「すぐにどうこうと言う話ではないだろう。姫様と2人きりにした所で問題があるとは思っていない。だが、どうもきな臭いと、私は警戒している」 「でもジアン……雪葉ちゃんは俺の従魔なわけだし、命令を破る事ってできないんだよな?」 「だが、裏で暗躍もできれば一時的に裏切ったり暴れたりだってできる。どうも正体がわからない不明な存在だ、奴の思考は読めない部分が多い。おそらく人間ではない。どちらかと言えば畏怖の存在だろう」  アルの言葉に俺は唖然とした。雪葉ちゃんが畏怖の存在ってどういう事だよ? あんなに小さくて可愛くて健気で素直な子が、何か企んでいると俺には思えなかった。  でもアルがこう言うのであれば、懸念する理由としては充分すぎるんだよな……。    俺たちは隼人さんのマンションへ帰った。玄関に入ると、我が家という感じがする。  パタパタと走って迎えに来てくれた雪葉ちゃん。その顔は可愛い笑顔だ、とても悪意は感じられない。少し気は引けたが、俺は彼と向かい合った。 「主ぃ、おかえりなさい。旅行は楽しかったか? 我はちゃんとジュリアを守ったぞ!」 「ありがとうな、雪葉ちゃん」  俺は何でもないふりをする。やっぱり雪葉ちゃんを目の前にして疑うなんて事はできそうになかった。  雪葉ちゃんは久しぶりに再会したむぅを抱きしめてソファーに転がっている。  無邪気なその様子に俺は少し安心していた。  でもよく考えてみると、向こうの世界で彼と出会ったとき、彼は何と言っていただろうか? それを思い出すと、渦巻くような不安に襲われた。  この世界のバグ、世界のバランスを崩すプレイヤーを排除すると言った彼は、どうしてあんな役割になっていたのだろうか? 少なくとも、あの発言は、システム側。ゲームを管理する側の発言だ。  ゲームを管理しているのは言ってしまえば、神様だ。  雪葉ちゃんがどういう存在なのかわからない。だが俺はこの笑顔を信じたい。 「ずっと聞きたかったんだけどさ、雪葉ちゃんはどうしてあの世界でシステムを守っていたんだ?」 「……」 「なぜ自分をバグだって言っていたのか教えて欲しい」  俺の言葉を聞いた雪葉ちゃんの表情は固まっていた。   「――我は無能なバグなのだ」

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