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第105話 最高のラストは俺が作るっ!※完結
「武器の調達と武器の扱い方の指導はこちらが担います。同盟を結んで頂き、こちらの世界の通貨で武器の代金を支払って頂く。……それだけで結構ですよ。我々はこれらの条件を快くのみましょう」
「むむぅ……」
アツマシノの毛で儀式をして繋がった2つの世界と、すぐに始まった国同士の話し合い。トップ同士の会談を組む前に話をつけるものらしい。アルが何食わぬ顔で交渉をしている。
こっちの世界の偉い人は、アルに心を読む力があるなんて知らないからな。手のひらの上で踊るしかないぞ。
アルの後ろで様子見している俺も教えてあげたりしないのだ。俺はグレンシアの味方だ。向こうが俺の故郷とはいえ、こちらに分のある交渉になった方がいい。ちょっと忘れかけてたけど、俺は未来の王妃だからな!
「貴方様のご意見をお訊きしたいのですが」
「俺?」
同じ日本国民なんだから何とかしろって事かな!?
案の定だけど、俺。日本サイドには立てないぞ。
「この方は高貴な身分故、お声掛けはお控え下さい」
「それは、申し訳ない」
アルが庇ってくれた。うん、気になって交渉について来る未来のダメ王妃だからな、交渉役の役人さんからしたら突きたい穴だよな! さすがに、優秀だなー!
まあ、アルの心を読む力で政治は完璧と言っていい。それからトップ会談があり、日本中にニュースが流れた。
アツマシノの封印も解け、異世界の国民も復活し俺が居た頃のごく普通の穏やかな暮らしが戻っている。ゴブリンと戦う準備は整いつつあるのだ。
「これ……!」
俺は隼人さんからのお呼ばれで自衛隊基地を訪れた。
ケロべロスかなっていうくらいの厳ついモンスター軍団が訓練場に鎮座してるんですが!?
「いかがです? 私のプログラムによるケロべロス部隊は」
「やっぱりこれケロべロスですよね!?」
プログラム書き換えスキルで最恐のゴブリン駆逐モンスター部隊を作った隼人さんはさすがに自慢げだ。なんというか、中二病を具現化したみたいな光景だよな!
「すごーい! エルド! すごいわね!」
ケロべロスに乗って遊んでいるのはジュリアだ。
「姫様、落ちないで下さいよ!?」
「ほんと、隼人さんはジュリアのナイトって感じですよね」
何気なく言った言葉だったんだが、隼人さんは眉を下げて少し悲しそうにした。
「ゴブリンから女性を守る事は、すでに失われた命への追悼です。ジュリアを守る事もきっと……そういう事ですよ」
「! は、はい」
俺は少し浮かれていた気持ちを引き締める。俺みたいな底辺の社畜が日本政府から交渉相手国の重要人物として扱われているものだから調子に乗っていた。
隼人さんがなぜそこまで正義の人でありたいのかは分からない。でも、きっといい事だ。
頭に載るむぅの感触で、ハンドさんとの出会いを思い出す。
ハンドさんやあの時救えなかった人たちも……。
どこかで俺たちを見ている気がするんだよな。
「俺は最前線へ行きます」
「直哉さん……」
「日本との交渉や生まれ持った立場として、アルと隼人さんは戦えないでしょ?」
「……」
「なら、今回は俺とグレンシアでケリをつけてきます」
「ふふっ」
「?」
なぜか嬉しそうに笑う隼人さんに俺は首を傾げた。
「直哉さんもいい顔をするようになりましたね」
「え?」
「ゲームの主人公みたいですよ」
「ば、ばかにしてますね!?」
「いえ、本物ですよ」
「へ?」
「輝かしい言葉で我々を導くのが直哉さんの務めです」
「!」
もう、普通の社畜ですからなんて言い訳は出来ない。
そうだよな。
「第一部隊の出立は、もう明日ですね」
「ええ」
「ご武運を」
こんなに世界が目まぐるしく変わっているのに、俺の心は追い付けない。
しっかりしないといけないのにな……。
俺はもう一般人じゃない。歴史的な英雄になるような立場だ。
「直哉さん」
「グレンシア……」
「大丈夫ですか?」
都会のど真ん中、高層ビル最上階のレストラン。王子であるグレンシアに相応しい食事の場だ。
王子としての立場が戻った。それは、華やかな日常を手にして自由を失うという事だ。
グレンシアはどう思っているんだろうか。勝手に最前線へ行こうと意気込む俺。王子としての重圧をかける周囲。グレンシアからしたら些事かもしれないが、俺からすると心配だよ。
最前線へ行くとかは、俺の我が儘だからな……。
「明日、決しましょう」
「グレンシア?」
「兵は要りません。私と直哉さんがケロべロス部隊と共に根源を断ちます」
「強気だな」
「幼い頃から戦で指揮を執ってきました。分かるんです」
「お、おう……」
いつになくびしっと決めてくるグレンシアに俺は少しビビった。
俺の覚悟甘いなっ!
「グレンシアはすごいな、俺も頑張ろうと思ってたのに全然覚悟が足りてないよ」
「直哉さんはそれで構いません」
「ん?」
「直哉さんは私の傍に居てくれるだけでいいのです」
「そ、そういうヒロインポジションは嬉しくないぞ」
「直哉さんを守る為ならどんな手も尽くします。それが私の強さです」
「んー! 全く嬉しくない訳では、ないけど! 俺も戦うんだからな!」
グレンシアは笑顔を見せワイングラスを傾けた。
――最後の戦い。
必ず、勝つ。
――『グレンシアSIDE』
私は王子に戻った。
何者でもない私。直哉さんだけが私を作ってくれた離れがたい程に愛しい日々。
「お前の望みはなんだ?」
「アツマシノ……」
私は、王子という立場へ戻った現実に浸りながら眠っていたはずだ。
これは、夢?
「怪我をさせた詫びに、願いを叶えてやる。ただし代償を捧げよ」
「代償……」
「見合うだけのものだぞ」
「直哉さんを守りたい。その為ならば私が消えてもかまわない」
「本当に良いのか」
「私はプログラムという命だそうです。もとより居ない存在であり、人に作られたのです」
「……」
「直哉さんの命は私の命より遥かに価値があります。なぜなら私を再び生み出せる力のある神様だからです」
「……そうか」
夢から覚めた。
今のは、私の願望?
弱さ故か……。
本当は怖いのだ。
直哉さんを失うのが何よりも怖い――。
◇
「うわああっ!? グレンシアっ!」
「なっ!? 直哉さんっ!」
俺は木々の枝を折りながら、どさっと森林の草むらへ落ちた。
調子に乗ってケロべロスへ跨り出陣した俺は、見事に落ちたのだ。うん、敵陣で迷子になっている訳か。毎度俺は反省しないぜ!
「最前線で一人迷子になる未来の王妃とか迷惑過ぎて心が痛い……っ」
『雪葉の主よ』
「ふえ!? はい!?」
雪葉ちゃんの神様っ! なんだ!? お、驚いた。
『戦いへ赴く貴方に力を授けます』
「え、どんな?」
『貴方のオールアップに神力を込めます……人々が安らげる未来をお作りなさい』
耳元でこだまするかのような声は消え、静かな森で1人になった。
「オールアップが強化されたのか? うーん、わからん。雪葉ちゃん! むぅ!」
「呼んだのか!?」
ひょこっと現れる俺の従魔たち。
『あるじぃ、おそらにもどるぅ?』
「ああ、まずはグレンシアと合流しなきゃな。むぅ、頼めるか?」
『はぁーい』
ぼよんっ!
俺と雪葉ちゃんを乗せたむぅは空高く飛ぶ。
俺たちをケロべロスに乗せると、むぅは俺の頭にちょこんと載った。
「直哉さん! 大丈夫でしたか!?」
「ああ、ごめん。ちょっと宝箱開けに行ってた」
「宝箱?」
「ボス戦の前にはさ、重要なアイテムの入った宝箱があるんだよ!」
「武器を手に入れたという事ですか?」
「俺にもよくわからないんだけど、なんかすごいの手に入れたぞ!」
グレンシアは緊張が解けたように笑う。その笑顔が、俺の緊張も解いてくれた。
正直、俺たちが戦う必要もないくらいケロべロス部隊は強力だ。
ゴブリン共を勝手に殲滅してくれる。
アルは日本政府相手に武器代を吹っ掛けて資金を引き出しただけだぞ。
武器で戦う正攻法なんて必要ないからな!
まさかこんな簡単に解決するとは! ってビックリしたフリをするんだな……うーん、アルも立派な政治家だ。
心強い家臣って事か。
「これなら余裕だな!」
「直哉さん、戦場で油断しては……」
グレンシアが言葉を切った。黙って何かを警戒している。
「ぐ、グレンシア?」
「私にレイスを感知する能力はありません」
「幽霊って事?」
「ですが、感じます」
「お、お化け!?」
「おそらく……怨念です」
「ゴブリンの!?」
「奴らに意思は皆無です」
じゃあ……それは。
「救えなかった命……人間の魂が俺たちに怒っているのか?」
「ええ、私たちが最後に戦い諫める相手は……」
「……」
「犠牲者です」
そ……そんな悲しい事ってあるのかよ。
ゴブリンが殺めた人たちを救う。
それが用意されたラストなのか? そんな都合良く行くのか?
俺たちは、彼女たちに許してもらえるのだろうか。
『むぅならいいよ』
「?」
『いたいのいやだもん』
「どういう事だ?」
「我はゴブリンの元長。呪われる立場だが、むぅと同じ意見だぞ」
『みんな、らくになりたいんじゃないかなぁ』
!
……それは、そうだよな……。
俺はこぶしを握り締める。
自ら辛い境遇に居たい人なんていない。でも、理性がなくなれば辛さにも鈍感になって、訳も分からず相手を呪ってしまう。誰かがそれを受け止めて開放しないと、永遠に辛いままだ。
雪葉ちゃんが世界を千切って生まれた混乱は、被害女性の魂の解放に繋がるシナリオだったんじゃないだろうか。
神様がどこまで全知全能か知らないけど、人間の俺は用意された舞台で、もらった力を手に踊りきるだけだ。
「ごめん、俺は何もわかっていなかった」
「あれだぞ、怨念の根源は」
雪葉ちゃんが指差す先には魔人と呼ぶしかない、巨大なゴブリンの形を模した何かがいる。渦巻く黒い霧、赤いぎらついた眼はゲームのラスボス、怨念の塊だ。
ゲームでわくわくした。
倒して世界は平和になった。
もう一度倒しに行くか。
今度はどれだけ早く倒せるか。
そんな遊びじゃない。
本物の怨念は肌が焼けるような刺激を放つ。目を開けていられない。距離を取り直して眺める怨念の怪物は、ゾッとする程、救いがない。地獄からの雄叫びが耳をつんざく。
「倒すしかありません」
「ぐ、グレンシア。でも、あれって被害で死んだ人の……」
「だからです。私たちに出来る事は倒すのみ。優しさや愛情でなんとかなる魂が怨念の怪物にはなりませんよ」
そこはゲームと同じなんだな……。
「私も知っています。これはとても酷な話しです。私も日本に住んで知りました。……私の生まれた世界がゲームの中で、偏ったルールで出来上がった作り物の世界だと」
「グレンシア……っ」
「戦う為に作られたゲーム世界で物事を解決するには武力が全て。そして、私たちの世界はこの世界の人々の根底にある真理で作られている」
「……」
「私に力を下さい」
俺の中で、感情がぐしゃっと潰れたみたいになる。これは単純な話しじゃない。それでもグレンシアの言う事は単純明快だ。
敵を倒さなくてはならない。
神様たちが作ったルールに従って、解決する。
それがゲームの全てだ。
「オールアップ!」
きらきらとした白い粒、俺の手からグレンシアに入った魔法の光。それはグレンシアを包んで、空に散った。
グレンシアの持つ刀が大剣に変化し、ケロべロスにペガサスのような翼が生え、彼らの胴体手足を純白の鎧が守る。
「これは、神様が用意した……最強の装備だっ!」
グレンシアっ! 勝ってくれっ!
祈る間もなかった。
グレンシアの一振りで、全てが消えた。
神様が用意した力は全てを制した。
ゲームの絶対だ。
神が全て。
「グレンシアっ!」
「直哉さん……」
ほんの一瞬だった。しかし、戦いに勝ったのだ。
そんな完璧な勝利で笑うはずの王子様は、何かを悟ったように悲しく微笑んだ。
きらきら輝いて、グレンシアが透けていく……。
グレンシアが、消えて……しまう……?
嘘だ。
どういう事だ?
神様が決めたゲームのお約束……?
「もう、要らないよゲームなんてっ!」
「……!」
「グレンシアが消えるルールはっ必要ないっ! 俺がっ神様になってでもグレンシアは消さないっ!」
俺は雪葉ちゃんにもむぅにも構わないで、ケロべロスから飛び降りグレンシアに抱き着いた。
「俺がっ守るんだよ……守りたいんだ……お願いだから消えないでくれ」
「直哉さん……愛しています」
「それ、あべこべだからなっあの時と……そんなん、嫌だ……どこにも行かないで……」
「私が消えても……また出会えますよ」
「なん……でっ」
「作ってください。私を……」
「グレンシア……! グレ……ああ……あ……」
消えた。
グレンシアが……。
俺は支えがなくなり、地面へ真っ逆さまだ。
グレンシアが居ないなら、死んでも構わない。
地面に叩きつけられて、最後になっても……。
でもさ。
「作るよっ……」
ぼむっ!
むぅの上に落下して、涙で見えない空を見上げた。
「グレンシアの事を……俺が」
すべてが終わり、基地へ戻った俺の報告にアルとジュリアが泣き崩れる。
隼人さんはスキル画面を開いたが、どうにもならないと分かり膝を崩した。
現実が分からない。
俺たちを無視して開かれる祝賀会。
俺は部屋で1人、自分のノートパソコンを開いた。
異世界に転移した時、使っていたパソコンだ。ゲーム改造専用機。
プログラミングは魔法じゃない。
人間を作り出せる代物じゃない。
あの世界だって、神様が作った。
それでも。
グレンシアが消えるお約束なんているかよっ!
どうか、どうか。ラストを変える力を俺に下さい。
復活の呪文だっていい。女神像にだって祈ろうか。
エンディングには、最高のラスト。それが一番のお約束!
実はこうでしたなんてバッドエンドはクソゲーの極みだろっ!
俺はな、プレイヤーが最後、幸せになるゲームが作りたくてプログラマーになった。
俺が神様なら、最後は――!
――その時、画面におかしなウィンドウが開いた。
『異世界に転生しますか?』
『する』『しない』
「そんなの要らないよ」
俺はこのテキストを書き換えたいと思った。
想いに反応するように表示されたスクリプトファイル。
俺は迷わず、テキストを復活の呪文に書き換えた。さらに、仕組みも書き換える。
もう、異世界に行っても意味はないぞ。
俺に必要なのはグレンシアなんだ。
『グレンシアを復活させますか?』
『はい』『いいえ』
「はい。に決まってるだろ!」
俺が選んだ。復活の呪文……。
こんなの業務で上司に提出できるかよ! 直感ですけど、たぶん動きますってふざけてる。
でも、それでも。
この手で完成させたんだぞ。
神の領域という、未知のプログラムを――。
「直哉さん」
「ん……」
「あの……」
「あれ?」
寝ていたのか? 寝落ち……。夢オチ? 今時、夢オチはスポンサーに怒られると思うぞ。
俺のラストは夢オチじゃないハッピーエンドで……って。
俺の目の前には消えた時と同じ服装のグレンシアと、笑いを堪える隼人さん?
「直哉さん面白過ぎるでしょー!」
「隼人さん、何が……」
「このプログラム、復活の呪文って……ゲームのやりすぎですよ?」
えっと……俺のプログラムで……グレンシアが?
「私は復活しましたよ……! 直哉さんっ!」
「えええぇぇっ!?」
届いたのか。神様に、俺の。祈りが。
小中学生時代、アホほど唱えた復活の呪文で、エロゲーのラストを制したのか、俺!
俺は訳も分からず、グレンシアに抱き着いた。
とにかく、温かい。体温を感じる。
――ここに生きている。
俺のプログラムで、グレンシアが復活して、いるんだよここに……!
もう何も見えねえ! 視界が涙でいっぱいだぞ!
大好きな匂いで抱きしめられているっ!
「グレンシア……っ愛してる」
「どうか」
王子様は跪くと俺の左手を取った。
「グレンシア……」
「この平和になった世界で、私と結婚して下さい」
最愛の人が薬指に指輪をはめてくれた。元からある指輪と並んで輝く綺麗なシルバーリング。
「2つも、婚約指輪あるんだけどっ……」
「いくつあっても、足りないくらいです」
涙を拭って彼の顔を見る。
王子様は俺の手の甲にキスをした――。
END。
――製品版に収録の後日談へ続く――。
あとがき
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以上です。
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何か月も掛けましたが。最後まで読んでくれる方がいて本当に良かった。
ありがとうございました。
次回作も読んで頂けると大変嬉しいです。
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