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第104話 命を掛けた100年の恋

 甘い空気のまま服を着た。では帰りましょうとグレンシアが手を差し出す。繋いで帰るのか、いやこれは甘い雰囲気のままで居たいというやつか、そうか。  俺は少し躊躇いながらも手を繋ぐ。 「熱いままだ」 「!」 『こんなに色っぽい状態の直哉さんを連れて帰って大丈夫だろうか……』 「グレンシアだけだぞそう思うの!」 「?」  首を傾げたグレンシアが可愛くて笑う。そんな暖かな空気を奪うように、サアっと風が吹いた。  それは俺たちの横髪を揺らす。どんどん風が強くなって、異変を感じたグレンシアは俺を庇うように抱き締める。 「100年の恋だとして、報われるか?」  そう俺たちに言葉を投げ掛けたのは黒い狼の耳を生やした人、背の高い……神様? アツマシノではと咄嗟に思った。奴はおそらくどんな姿にも、どんな声にもなれる。  アツマシノは爪を立て、炎魔法を発動させた。  いや、攻撃されたら困るぞ。俺たちでは敵わない相手だ。そう本能が告げる。  だからって逃がしてくれそうもない。 「オールアップ……!」   「直哉さんは、逃げて下さい」 「! 俺も戦う」  そんなやりとり1つ待ってくれないらしいアツマシノは凄まじいスピード、どうやったって避けられない炎の刃で俺を襲う。一瞬でグレンシアの刀が吹っ飛んだ。ガードの魔法も砕け散る。    ――次の瞬間、俺の視界にはオレンジの炎と赤い血飛沫が舞った。 「グレンシアっ!」 「逃げて下さい!」  グレンシアはアツマシノが作り出した炎の剣を両手で押さえた。その剣は胸を貫通し、グレンシアを焼いている。最愛の人の口から溢れる血も、焦げながら地面へ落ちる血も現実だと思えなかった。 「逃げ、て……」    無表情で何を考えているか分からないアツマシノの手で引き抜かれた炎の剣。グレンシアは血を吐き倒れた。 「グレンシア……っ」  俺は慌てて回復魔法を使うが、足りないのが分かる。意味を為さないのが分かる。最愛の人が死にかけているのに何もできない。そんな現実は認めたくないと、俺は祈るように回復魔法を使った。  こちらへ歩み近付くアツマシノ。 「俺は、逃げないっ!」    自分を奮い立たせる言葉を吐き、この怪物を止めようと俺は両手でアツマシノに触れる。    ――アツマシノに触れる事で彼の心が見えた。    愛しいつがいへの悲しい恋情。  永遠を生きれば別れなんていずれ来る。  人など100年もない人生で、いつか必ずつがいを失う。それでも最後の時まで恋をしていたい。そう思う人々の神だった。 『そんな資格もないな。真っ暗な世界で、絶望の中で綺麗なお伽噺や神話なんてありゃしない。ただの化け物だ。悪魔か、物の怪か』 『それで救われる訳でもそなたに会える訳でもなく。永遠の闇だ。情けないだろう』 『身を挺して弱きを助け、神格化されたが。こんなに弱く、脆い。何をしても全てに色などない。こんなに情けない奴がいたものだと笑ってくれ』  恋を結ぶなどつまらない。壊してやる。 「っかは……な、おやさん……にげてくださいっ!」 「逃げないっ! 絶対逃げない!」  今の俺にとって、生きる事より、グレンシアを守る事の方が大事だ。 「100年だって守るよ!」 「人間が戯言を」  アツマシノは俺に剣を振り上げた。 「貴方は弱い所がいい所なのよ」  ――あ……アルの声?  アツマシノはアルの声で顔を上げ、空を見つめた。 「傍にいつも貴方のつがいが。心の声が聞こえる」  アツマシノの恋人がこの場に居て、その心の声がアルには聞こえるのか? 「命が消えても魂は残り、つがいは最愛の人から離れない」 「いつも……いつも、傍にいたのか。ああ……」  くるくる舞うように俺から離れて、蹲り地面にぽたりと涙を落とす。  恋の神様に欠けていたのは恋人を信じる心だったのか。恋人の愛を信じた神様は黒い靄が浄化されるように白くなっていく、白い狼の耳、白いしっぽ。それらはもう神聖な毛並みだ。  恋の神様は恋人とずっと一緒。  アツマシノは神聖な光の姿となり、毛を渡してきた。  「……お前たちの恋は確かなものだと見せてもらった」  アツマシノは柔らかな笑みを見せ、すうっと消える。  「ありがとう」  ただ信じるだけで、同じ境遇でも現実は変わる。恋なんて、そんなものだと。神様が残した光から感じ取った。 「なおやさん……」 「グレンシア! 大丈夫かっ! アル! 一緒に回復魔法を使ってくれ!」 「落ち着けばか……」 「落ち着けるか! グレンシアが死にかけているんだぞ!」  血で濡れたグレンシアの手が俺の手首を掴む。 「……なおやさん」 「どうした!?」 「どうして逃げなかったのですかっ……! いのちの危険がっ……ありました……っ」 「何言ってるんだよ」 「私1人なら……どうにでもします。なおやさんは……何があっても逃げていのちを守ってください」 「嫌だよ!」 「私を生かしたいのなら、かならず逃げて下さい……なおやさんが死んだら、私も死にます……」 「そんな悲しい事を言うなよ!」  俺たちの言い合いを無視したアルはグレンシアの肩を支えて立ち上がらせた。 「殿下、屋敷まで歩きます」 「すみません、アル……」 「はい。直哉さんは、私たちの後に」  様子見をしていた隼人さんもグレンシアの肩を支えると、俺に後ろからついて来いと指示をした。   「神の一突きを受けたのだ。回復魔法だけでは不十分。休養が必要だ」    屋敷へ戻り、ベッドで眠るグレンシアを……俺は心配な気持ちで眺めている。  ずっと、眠ったままだ。  だが、アツマシノがグレンシアの命を奪うとは思えない。きっと回復する。でも、なんて不安なんだろうか。  グレンシアのいない世界なんて、もう想像できない。俺のリアルは、グレンシアのいる世界で、俺の幸せはグレンシアの傍にしかない。 「グレンシア……」  俺の想いも、グレンシアに伝わっていて欲しいなんて願い彼の手を握った。    グレンシアが眠っている間、彼の傍で居眠りをしていると、耳元で声が鳴る。 「雪葉の主としての責任……世界を救うのです」  雪葉ちゃんが仕える神様か?  俺を瞼を擦る。  どうすれば世界を……。  陸続きにして、この世界の兵力と俺たちの力を合わせて、ゴブリンを根絶やしにする。  そんな事しなくても、俺とグレンシアで解決するよ。と何故か思えた。  神様のお告げを聴いた俺はボーっと壁を見ている。  ふと、グレンシアの顔を見れば彼の瞼が開いた。  安堵した俺は最愛の王子様に触れる。 「直哉さん」 「グレンシア、よかった……! もう、心配させるな。俺を庇うなよ……!」 「それは無理なご相談です」  最愛の人はそう微笑んだ。    触れても、心の声が聴こえない――。  けど、十分だな。  今はもう聴こえなくても、どれだけ愛されているかが分かる。  きっと、あの力は雪葉ちゃんの神様が俺に手を貸してくれていたんだろう。 「グレンシアが死んだら俺も死のうかな」 「それはやめてください」 「お互い様にしてやるよ」 「! 直哉さん……」  彼はくしゅっと俺の頭を撫でる。  そのまま引き寄せ、おでこを寄せる愛しの王子様を……俺はずっと見つめていた――。

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