5 / 5

第5話 新たな経験 中編

森を抜けた俺達はまずギルドへ向かい、依頼されていた薬草を提出することにした。 俺がルーカスを伴って戻ってきたのを見て、どこかほっとした様子の職員さんが笑顔で対応してくれる。 報酬の算定には少々時間がかかった。 かなりの量だったので少し迷惑だったかもしれない。 無理を言って貰った仕事だし、こちらとしては別に無報酬だって良かったのだが『そこは信用問題になりますので』と断固として譲らず、きっちり計算してくれた。 チャリ、チャリ。 歩くたびに硬貨がぶつかり合う景気のいい音がする。 やっぱりお金は幾らあっても困らない。 ずっしりと重くなった懐に気が大きくなり、 「街では俺が全部出す!」 とルーカスに言ったら鼻で笑われた。 なんだよ。奢ってやらねえぞ。 ーーーーーー 街は活気に溢れていた。 煉瓦造りの住居と店が混在した街並みを、人々が楽しそうに行き交う。 店舗は外観や意匠にもそれぞれ細かい工夫が凝らされていた。 きっと、競争が激しいから一目でどんな店か分かるようにしているのだろう。 さすが王都だな。 そんな事をぼんやりと考えながらルーカスに着いて歩く。 広場まで来るとさらに賑わいは増した。 広場の中心には大きな噴水があり、ぐるりと囲むように様々な屋台が出ている。 薄い生地をその場で焼き、味付けした具材を包んだもの。 肉や野菜を串に刺し、香ばしく炙ったもの。 動物や植物など、身近な物の形を象った色とりどりの飴。 季節の果物のジュース。 どれも色鮮やかで、美味しそうな匂いを漂わせている。 つい興味を惹かれてキョロキョロしてしまう俺にルーカスが尋ねた。 「アレクってあんまりこういうとこ来ないの?」 「うん。というか、初めて。」 「え、子どもの頃は?」 「あー……俺都会の出身じゃないから」 ぴたり、と足を止めて目を見開くルーカス。 「全然知らなかった。」 「確かに、お前には話したことなかったかも。 もともと田舎で両親と姉さんと暮らしてたんだ。山と畑しかないような本ッ当に辺鄙なとこでさ。 けど、10歳の時家が魔物に襲われて、偶然貴族に拾われてこっちへ来て。 ……勇者として覚醒してからは仕事もあったし中々な。」 この世界ではよくある話だ。俺はむしろ運が良いほうである。 「だから、こういう屋台とか初めて。 見てるだけでもワクワクする。」 飴を持った子供が数人、笑いながら俺達のすぐ横を駆け抜けていく。 後を追う若い少女は姉だろうか。その光景に暫し見惚れる。 きゃらきゃらとした弾むような声が耳に残った。 「……誘っといてなんだけど、今日はやっぱり屋台で食べないか。」 「え。でも」 「腹が減った。店の方はまた今度にしよう。」 そう言うと、俺が一番気になっていた串焼きの屋台にさっと並んでしまう。ルーカスがいなければ店の場所もわからない。俺も仕方なく彼の後ろに続く。 しばらく待っていると俺達の後ろに妙齢のご婦人方が並んだ。 何やら暗い話題を話しているようで、よく通る声を少しだけ潜めている。 「近頃は物騒ね」 「でも、しょうがない部分もあるわよ。」 「勇者様たちがいくら頑張っても国の内情がこれじゃねぇ……」 「どうかしたんですか?」 “勇者”という言葉が耳に入った俺は思わず声を掛ける。 いかにも話好きそうな女性がいやね、と愛想よく答えてくれた。 「最近少し王都の治安が悪くなってるって話をしてたのよ。 スリとか空き巣も増えてるじゃない? さっきも万引きがあったみたいで……あら、あなたどこかで?」 「わかったわ! この前見た舞台の役者さんに似てるのよ! ほら、あの、ナントカって言う人!」 隣にいた別の女性が手をぽん、と打って叫ぶ。 「ま、本当! お隣のお友達も素敵じゃないの!最近の若い人って凄いのね!」 「はは、嬉しいな。ありがとうございます。」 余所行きの笑みを浮かべてそう答えた俺をジト、とした目で見るルーカス。黙って見とけ。 その時 「無い!!」 前方から悲壮な声がした。 何事かと見やれば俺達が並んでいる列の先頭で、男性が必死に上着のポケットやら鞄やらをひっくり返している。 どうやら、金を支払う段階になって財布が無いことに気づいたらしい。 屋台の親父さんが険しい顔をしていて、その様子に男性はさらに焦ってしまっているようだ。 「俺が払いますよ」 「兄ちゃん……本当か……?」 前に進み出た俺を神様でも見るかのように仰ぐ髭面の男性。 「幸い、懐が温かいんです。困ったときはお互い様じゃないですか。」 そう言って彼の肩を叩いた。周りの人が感動したように拍手してくれる。 基本的に格好つけていたい、感謝されるのが大好きな俺にとって絶好の機会である。 気分良く、胸元から財布を取り出そうとした。 「いや、でもアレク」 「……………………ない。」 「え?」 「俺も、財布が、ない。」 一瞬でその場が静まり返る。 「どこかで落とした?探しに戻ろうか?」 「でも、今まで落としたことなんて一度も……」 「それってスリよ!」 先程まで会話していたご婦人が俺達の会話に割り込む。 「増えてるって言ったでしょ? 特に最近スリの被害は凄いのよ!」 「そうよ!本当に一瞬すれ違っただけでも取られちゃうらしいんだから!」 瞬間、俺の脳裏に飴を持った子どもの姿が蘇った。確証はない、出来れば違っていてほしい。だが…… ルーカスと顔を見合わせる。彼も同じことを考えていたようだ。 「「さっきの子供!!」」

ともだちにシェアしよう!