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腕輪(1-1)

 ──そいつは突然、やってきた。 「よいしょっと」  母親の実家の蔵の中は、埃を被った骨董品がたくさん眠っている。これらは去年に亡くなったじいちゃんのコレクションで、ばあちゃんに遺品整理を頼まれたのだ。かなりの値打ちものがあるかもしれないから、欲しいのがあったら持っていっていいよと言われた。 「うー、すげー埃」  マスクをしていても息苦しい。 「ちょっと出よ……」  蔵から出ようとしたところで、服が何かに引っ掛かる。 「ちょっ……」  ウォリャー!とばかりに引っ張ると、積んであったものがグラッと倒れてきた……! 「あっぶね!!」  咄嗟に抑え、小さな箱が一つコトンと落ちただけで事なきを得た。ハーッと安堵の息を漏らす。  落ちた小さな箱を拾った。桐っぽい素材の箱。お札のようなもので封印されている。触るとお札がポロポロ剥がれた。だいぶ劣化しているようだ。  箱を振ってみるが、中の音はしない。 「中身入ってないのかな?」  そっと箱を開けてみた。 「ブレスレット……?」  中にあったのは、水晶で作られたブレスレットのようなものだった。  蔵の外に出て、陽の光の中で見てみる。水晶の中にキラキラと輝く粒子があって、煌めいていて綺麗だ。 「へぇ……」  持ち上げてみると、少し重みがある。試しに着けてみようかと、腕を通そうとして…… 「えっ!」  音もなく糸が切れて水晶がバラバラと落ちた……! 「や、やべっ!」  四方八方に散らばる水晶にアタフタしていると、ジャリ。という嫌な音とサンダルの裏の感触。慌てて足をどかすと、水晶の一つが粉々になっていた。 「わーっやっちゃった!」  その他の無事な水晶を拾い上げる。粉々になった水晶は……ゴメン!と心の中で謝りながら、足でザッザッと散らしてしまった。  砂にまみれる水晶の欠片。  不意に強風が吹いた。 「イテッ、イテテ。目に砂がっ」  急に右目が痛くなった。  そこに、「こうちゃーん、お昼ご飯よー!」というばあちゃんの声。 「今行くー!」  と返事して、ブレスレットの箱を持ったまま家に入った。食卓につく前に目を洗わねば。  俺は高校1年。実家よりも高校に近い、ばあちゃんちから通っている。  去年じいちゃんが亡くなってばあちゃんが元気ないって話を聞いて。一人暮らしは寂しかろうって誰かがばあちゃんを引き取ろうかって話も出たみたいだけど、ばあちゃんはここから離れたくないって言ったらしいんだよね。  俺が「一緒に住もうか」って言った時、ばあちゃんすごい喜んでた。俺は俺で高校に近くなるし、自分の部屋が持てる。何より朝、トイレや洗面所が混まない!だから喜んで同居することにした。 「おやすみー」  ばあちゃん寝るの早いから、俺もとっとと部屋に戻る。ばあちゃんち来てから早寝になって健康的になった気がする。  寝る前にスマホでゲームしてると、右目がチクッとした。あ、目疲れたのかも。そう思って、スマホを枕元に置いて寝ることにした。  その夜は何だか寝苦しくて、眠りが浅かった。  頬にポタリと温かい雫が落ちてきたのに気付いた俺は、頬を擦った。水よりも、濃度が濃いような。トロッとした感触。眠気まなこを凝らして薄暗い中、“それ”を見た。  黒い……?  電気の紐を引いて、部屋に明かりをつけた。黒じゃ、ない。 「血……?」  ふと見ると、足元に何かがいる! 「ヒッ!」  声にならない声が出た。  髪の長い、人。男?擦り切れた古い着物のようなものを着ている。顔が俯いていて、表情がわからない。  俺は声が出ず、ガタガタ震えた。奴は、片目を抑えていて、そこから血が滴っているのだ! 「オレノ……」  地の底から聞こえるような低い声。 「オレノメヲ……」  見たくないのに目が離せない。 「カエセ……」 「あ、ああ……あ」  怖い、助けて!声が出ない!  奴は段々近づいてくる。そしてバッと襲いかかってきた! 「オレノメヲ、カエセー!」  噛みつかん勢いで口を開ける男! 「ギャー!!ンモゴッ」  俺は叫ぶが、口を抑えられた。冷たい手。逃げられない。  俺は意識を失った。  多分、そんなに時間は経ってなかったと思う。俺は目を覚ますと、はじめに天井が目に入った。  何だ、悪い夢か。そう思って横を見て、確実に心臓が止まった!  奴がいたのだ。  再び「ギャー!」と叫ぶと口を抑えられた。バタバタと暴れるが、全く力が及ばない。 「おい、頼むから静かにしてくれ、何時だと思ってるんだ」  と、奴は言った。涙目で動きが止まる。何で化け物なのに時間の心配してるんだ?と冷静になった。  フッと口を塞いだ手が緩んだ。  起き上がって奴を見ると、片目にさっきはしてなかった包帯が巻かれている。だが、まだ血が出ているのか、目の周囲に滲みが出ていて痛々しい。 「あの、目……」  恐る恐る聞いた。本当はそんなことに触れずに「出てけ!」って追い出したかった。けど、そんなこと言ったら今度こそ殺されるかも。話しかけたくもなかったけど、沈黙も怖い。 「目、大丈夫、ですか……?」  奴はこちらを見た。包帯をしていないほうの目が、黄色い?不思議な色をしている。まるでビー玉みたいな……。 「これが大丈夫に見えるか?」  さっきの地に響く声ではなくて少しホッとする。俺は「い、いいえっ」と激しく首を振った。 「お前のせいだ。お前のせいで目を失った。責任を取ってもらおう」 「えっ、何で?俺が、なにしたんだよっ」  強がってるけど、めっちゃ声が震えてる。奴はバリッ、と長く尖った爪で畳を引っかいた。 「とぼける気か?……石を、砕いただろう!踏んだだけでも許しがたいが、お前は足で蹴散らした!全て見ていたぞ!」 「ヒッ!」  奴は俺の首を掴んだ。爪が食い込む。徐々に力を加えているのがわかる。 「く、苦しい、や、やめ……」  俺は奴の腕を掴んだけれど、ビクともしない。石、石、石。足で、蹴散らした?  あっ!あのブレスレットの水晶のことか?何故こいつがそのことを?何故、水晶と目が関係ある……? 「ご、ごめ、んなさ……」  苦しくて声が出ない。このままずっと圧迫され続けるか、強い力をグイッと加えられたら死んでしまうかもしれない。  涙が滲む。ばあちゃん、ばあちゃん、ごめん……。  だが、急に奴の手が緩んだ。一気に空気が通って咳き込む。ゲホゴホとしている俺の顎を持ち上げ、奴はマジマジと顔を見てきた。顔、というよりは、右目だ。 「何か、見えたが……気のせいか」  そんな呟きが聞こえてきた。 「なに……っケホッ」  まだ喉に違和感が残ってる。首に何か詰まってるみたいだ。苦しい。 「何だ、冗談で脅かしてやっただけなのに、人間は弱えなあ」  奴は俺の首根っこを捕まえて顔を近づけた。 「舐めりゃ治る」  ベロリと首を舐められた!! 「ヒーーッ」 「変な声出すな!」 「だってだって」 「もう声出るようになっただろ?」  ん?と、ピタリと止まる。確かに首が楽になってる。 「て、てゆーか、あんた誰なんだよ?」  首をゴシゴシ擦りながらジリジリ後ずさり。また首絞められたら敵わないので一応距離を取る。 「俺?俺は……」  奴は手を伸ばし、棚に置いておいた桐の箱を手に取る。 「この中に入ってたモノだ」  箱を開けて俺に見せた。 「ブレス、レット?」  覗き込むと、何も入ってない! 「無くなってる!!ちょっと、どこやったんだよ!」 「だから俺なんだって」 「はあ!?」  奴が言ったことをまとめると、奴は数百年前に作られた腕輪で、俺が箱の蓋を開けたことによって、出てこれるようになったらしい。  腕輪の水晶ひとつひとつが奴の身体のパーツになっていて、その一つである“右目”を俺が踏んづけて砕いてしまった。  しかも!その欠片を散らしてしまったため、修復出来なくなってしまったらしい。  奴が手の平を広げ、一つの小さな水晶を見せた。ヒビが入っていて、三分の一くらい欠けている。 「これが、俺が踏んだ……?」  粉々だったはずなのに、ヒビや欠けの所以外は綺麗な球体になっている。 「そうだ。砂にまみれて残っていた欠片はこうして直せた。だが、残りの部分はどこを探しても出てこない」  奴の怒りが伝わってくる。さり気なく後ずさった。普通なら、ドッキリじゃないかとか、頭の変な人がいるから警察を呼ばなきゃ!とかになりそうだけど、コイツの話はマジっぽい。見た目も話し方も。芝居っぽさを感じないのだ。黄色の左目はカラコンっぽくないし、切れ味の良さそうな爪も付け爪っぽくない。 「サ、サンダルの裏は?」 「さんだる?」 「履き物!俺が履いてた」 「そんなもの確認済みだ。欠片が、この地から消えている」 「マジで……?」  そういえばあの時強い風が吹いた。あれで空に舞い上がったのか?そう言ってみたが、「いや、違う」と否定された。 「そうか……なんかホントに申し訳ないというか……」  嘘かまことか疑わしいが、話に乗っておくことにした。 「本当に申し訳ないと思っているか?」  奴が欠けた水晶を懐に仕舞いながら聞く。 「う、うん」  コクコクと頷いて見せた。 「償う気はあるか?」 「えっ?……お、俺、金無いし、目をあげたりとかは出来ないけどっ。それ以外で出来ることなら……」  ヤバい、何を頼まれるんだろう?とドキドキする。変なことじゃないといいけど……。  奴は顎をさすりながら左目で俺を見下ろす。 「ならば、俺の目になれ」 「え!?だからあげたりとかは出来ないんだって!」  緊張で身体が固まる。 「……いや、お前の目などいらん。お前が見ている世界を俺に提供しろ」 「は?どうやって?」  と言ったところで、ピピピピピ…という音がした。目覚まし時計が鳴ってる。 「うるさい、消せ!」  奴が耳を塞いだ。そこで気付いたんだが、奴の耳は人間より大きくて、上が尖っている。  うーん、やっぱり特殊メイクにしては良く出来すぎてる。本物の化け物、なのか……?  目覚まし時計を止めると、階下から「こうちゃーん、朝ご飯よー!」と、ばあちゃんの声がした。そこで気付いた。もう朝か!こいつのせいで、全然寝れなかった……。  寝不足でも腹は減る。 「じゃあ、俺朝メシ食ってくるから……」  すっくと立ち上がった。 「おいお前、話が途中だろうが!」 「あとで聞く!っていうか帰ったら聞く!」 「てめえふざけんなよ!」 「ふざけてない!俺、学生なんだって!学校行かなきゃなんないの!」  ギャーギャー言うあいつを置いて、俺は朝メシに行った。……なんかさっき殺されそうだったのに、意外と平気かも……?  朝メシを食ってる時、ばあちゃんに「こうちゃん、お部屋にお友達でもいるの?随分賑やかに話してたわねえ」って言われてギクッとする。 「独り言!と、テレビ!」って誤魔化しておいた。  そして、部屋に戻って奴を適当になだめすかしながら制服に着替え、登校した。  学校では、もうすっかり爆睡モード。  寝ながら、そういや、ばあちゃんは滅多に2階に上がってこないけど、あの化け物と遭遇したら心臓止まっちゃうんじゃないか……?なんて急に心配になる。  一応、「絶対に下に行くな」って釘刺しておいたけど、人の話聞く奴とも思えないし……。  心配で心配で、目が覚めた!休み時間、家に電話する。 「で、出ない……」  今度は携帯のほうに電話。しばらく鳴って、やっと繋がった! 「もしもし、こうちゃん?」 「ばあちゃん!大丈夫か?今どこ!?」 「なあに?どうしたの?今スーパーよ。今日の夜ご飯はカレーにしようかしら?」 「いいね!……じゃなくて、家で何か変なことなかった?大丈夫?」 「何も無いけど、本当にどうしたの、こうちゃん?」 「何時に帰る?」 「そうね、隅田さんのお家に寄るから4時くらいになっちゃうかしら」 「わかった!なるべくゆっくり帰って!俺も授業終わったらすぐ帰るし!理由はあとで話すから!」  って言っても、信じてもらえるかどうか、だけど……。 「わかったわ。気をつけて帰ってきなさいね」 「ばあちゃんもね!」  電話を切った。奴と遭遇しなければいいんだけど。っていうか、いなくなっててくれたら一番いいんだけど……。  放課後はそれこそダッシュで帰宅した。ガラッと玄関を開けて、駆け込む。  すると、台所のほうからばあちゃんの笑い声がした。ばあちゃん帰ってきてるし、誰か来てる? 「ばあちゃん、ただい……まあぁぁ!?」  ダイニングテーブルで、ばあちゃんとあの化け物が談笑してるのだ! 「あら、お帰りこうちゃん」なんて、呑気に言うばあちゃん。 「ちょっ……」 「もう、駄目じゃないのこうちゃん。付喪神様がいるならいるって言ってくれないと」 「つくもがみさま?」 「蔵で腕輪、見つけたんでしょう?おじいちゃんがね、昔よく“蔵には歴史ある骨董品がたくさんあるから、いつか付喪神様が出てくる”って言ってたのよ。まさか本当に会えるなんて!」  ばあちゃんってば何故かキャッキャしてる。 「で、でもなんか、怪しいし。この格好も!すごい胡散臭くないか!?絶対不審者だって!」  あいつが「あぁ!?」ってガン飛ばしてきたけど見なかったことにする。 「でもね、こうちゃん。この付喪神様はね、おばあちゃんとおじいちゃんしか知らないことを知ってたの。それに、この家の歴史も。こうちゃんがなんでこの家に来たのかもご存知だったのよ」  あいつがニヤリとする。 「お前が……3日前だったか、朝、起きた時、ビンビンに」 「え、ちょ……」 「勃ってて、処理す」 「ワーワーワー!!」  慌てて止める。朝勃ちのことなんで知ってる!?っていうかばあちゃんに聞かせるな! 「アホ!バカ!」 「んだと!?」  ガタッと立ち上がる化け物。睨み合う俺たち。  っていうか、奴が立ち上がった所を初めて見たけど、すごいデカイ!180、いやいや、ヘタしたら190くらいあるんじゃないか?  首掴まれた時のことを思い出して若干ビビる。 「コラコラ、二人とも。喧嘩しちゃ駄目よ。仲良くなさい。付喪神様もお願いしますね。さて、おばあちゃんはカレー作ってくるから、喧嘩しないのよ」  ばあちゃんが呑気に言って、台所に向かった。 「キヌヨに免じて許してやる。今回だけだ」  ドッカと奴は椅子に座った。許すとかなんでコイツが決めてるんだ?超ムカツク!俺は部屋に着替えに行った。  ……なんでコイツもカレー食ってるんだ?  3人で囲む食卓。カレーをがっつく化け物。……いや、付喪神っていうくらいだから神様なのか? 「旨いなこれ!時々この匂いがしていて気になってたんだが、こんなに旨いものだったとは」 「あら、嬉しいわ。ありがとうございます」  ばあちゃん、ニコニコしてる。 「蔵にいて、箱に入ってて、匂いわかんの?」  こいつの“設定”を確認してみる。いつかボロが出るんじゃないかと期待して。 「ああ。特にこの匂いは強烈だからな。あとは魚を焼いた匂いもよくわかるな。魚も食べてみたい」 「では明日はお魚にしましょうか」 「箱に入ってて、魚が魚だってわかるもんなの?」 「ああ。俺はこの敷地内だったら“視える”。だからお前がでかいおっぱいのねえちゃんの写真見ながらよくしこ」 「わー!だから言うなってば!」  なんでいちいち変なこと言うんだ、こいつ!! 「じゃあ、おばあちゃん寝るわね、おやすみ」 「あ、うん、おやすみ」  なんか知らないけど夕食後はみんなでテレビ見たりして。気づいたらばあちゃん寝る時間。  じゃあ俺も部屋に戻るか、と立ち上がった時、ばあちゃんが「こうちゃん、こうちゃん」と言いながら戻ってきた。 「なに?」  ばあちゃんはどっこいしょ、と、布団一式を持ってきた。 「これ付喪神様に敷いてあげて」 「はぁ!?どこに?」  古い家なだけあって、結構家具とか物がゴチャゴチャしてて居間には敷けそうにない。コタツとかどかせば敷けるけど……。 「こうちゃんのお部屋でいいじゃない。広いんだから」 「えー!?嫌だよ!」  確かに俺の部屋はこの家の中で一番広い。布団も余裕で二組敷ける。けど、なんでこんなデカイ男と布団隣に敷いて寝なきゃいけないんだ!?  見ると、奴は大あくびしてる。こ、こんな得体の知れない奴と一緒にいろと!? 「お願いよ、こうちゃん。……そうだわ、おばあちゃんのお部屋を使ってもらおうかしら。おばあちゃんは居間で寝るわ」 「そ、そんなことさせられないよ!」  ばあちゃんはフェイクとかする性格じゃないから、きっと本気。ただでさえ腰痛めやすくてベッド使ってるのに、それをこいつに譲るのか……? 「……わかった。わかったよ。俺の部屋に布団敷く……」  ガックリうなだれた。 「本当に?いいの?こうちゃん」  俺はコクコク頷く。 「ありがとう!本当にいい子ね」  はあぁ……。折角の楽しい一人部屋生活が……。  部屋に布団を敷いて一息ついて。布団の上で伸びをしながら大あくびしてる奴に声をかける。 「おい、あんた風呂は?」 「フロ?フロが何だ?」 「風呂入んないのか?えーと、体!洗ったりしないのか?」  なんだか外国人と話してる気分になる。理解出来てるか……? 「あー、いい。俺には必要無い」 「なんで?」 「古い物には埃は付き物だろ?汚れも味だ。俺みたいな腕輪は洗わないもんだ」 「で、でも今は人型じゃん!」 「それが?」  それが、って……。 「汚い格好で布団に入るな、ってこと!シーツ洗濯するばあちゃんの身にもなれよ!」 「キヌヨなら怒らんだろ」 「お、怒んないかもだけど、悲しむかもしれないだろ!」  ……あーなんか疲れた。もういいや。 「勝手にしろ。俺は入ってくる」  変な奴は放っておいて、俺は風呂に行くことにした。 「あーいい気持ち」  ちょっと熱めのお湯に浸かる。この気持ちよさが味わえないなんて、可哀相だなぁ。そんなことを思ってると、洗面所のほうに人影が。  ガチャ!と勢いよく風呂のドアが開いて、奴が顔を覗かせた。 「わ!なにしに来たんだよ!」  俺は慌てて座り直す。 「ん?フロっつーのに興味わいたから見にきた」  奴はクンクン匂いを嗅いでいる。 「湿気てるなぁ」 「そりゃそうだろ。風呂なんだから」 「こんなのに入ったらカビ生えちまう」 「ちゃんと拭いて、乾かせば大丈夫だよ」 「ふーん……」  開けっ放しは寒い。肩まで浸かる。 「寒いから早く閉めろよ」 「俺も入る」  そう言って奴は風呂場で着物を脱ぎだした!バサッと上に羽織ってる物を落とす。 「お、おい!脱ぐなら洗面所で脱げ!そこの外!」 「へいへい」  曇りガラスでシルエットが見える。うーんこれは一緒に入るってことなのか……?先に出たい……。  それにしてもなんかモタモタしてる?着物ってやっぱり脱ぐの大変なのか?遅いな……。再びガチャ!と扉を開けてきたあいつはまだ着物姿。 「これどうやって取るんだ?」  帯が解けないとかー! 「なんだよ一体!」  俺は浴槽から出て、腰にタオル巻いて手助けしてやる。 「なんで解けないんだ?着たんなら脱げるだろ?」 「お前は産まれたての赤子にもそう言えるのか!?」 「あんたは大人じゃないか!」  赤ん坊なら小さいぶん可愛いもんだけど、自分よりバカでかい男の着物を脱がしてやるなんて……。 「見た目に騙されるな。俺は人型になったばかりだ」  ハイハイ、偉そうに言うなよ……。 「あ、包帯は外さないのか?」  素っ裸で頭に包帯を巻いた状態で入ろうとするので聞いてみる。奴は包帯に触れてこちらを見た。 「あまり見た目よいものではないが、構わないか?」 「別に、気にしないけど」 「そうか……」  スルスルと包帯を取り外した。気にしないと言ったけど、どうなってるのかちょっと緊張する。 「ん、あれ?」  意外と瞼は綺麗で、閉じられているので中は確認出来ない。ただ、瞼の辺りが平らというかやや凹んでいて、目玉は入ってないかも?ってのがわかった。 「やはり気味が悪いか?」 「いやいや、思ったより瞼が綺麗だなって思ってさ。あれだけ血出てたしもっとグロいのかと……」 「傷の治りは早い。だが、無いものを修復は出来ない」 「そ、そっか……」  こういうのを見ちゃうと、やっぱりこいつの言うことは本当なのかなって、そうなると俺はとんでもないことをしちゃったんだなって、気の毒で胸が痛んだ。  とか思ってたら、急に鼻がムズムズ。 「クション!」  くしゃみが出た。ヤバい、体が冷えた。 「風呂入るぞ!」  一人で入らせようと思ってたけど、もう一回湯船に浸からないと風邪ひきそうだ。  奴は本当に無知で、体を流さずに湯船に入ろうとするし、湯船の湯が熱すぎて入れないとか言うし、目を開けたまま頭洗って泡で目が染みるってのたうち回るし、体は前しか洗わないし、赤ん坊より手がかかる!  それよりなにより思ったのが、悔しいけど、奴のナニがデカイ!!体がデカイから当然かも知れないけど、ビックリして思わず凝視してしまった。  あとスタイルがすごくいい。全身の筋肉がめっちゃ綺麗についてて足が長い!  それと、頭を洗ってやった時に尖り耳をこっそり触ってみたけど、やっぱり作り物ではなかった。  俺は今、その奇想天外な“付喪神様”とやらの頭を洗ってやってるのかと思うと、ファンタジーすぎて気が遠くなりそうになった。 「極楽、極楽、だ」  部屋で、満足そうに目を細める“付喪神様”の髪をドライヤーで乾かしてやる俺。放っておいたら髪も拭かずに部屋に行ったから仕方なく、な!  また鼻がムズムズした。 「クション!」  うーやっぱ湯冷めしたかも……。ブルッと寒気がした。

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