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牧師ヤーコブ

それから百年近くが経って迎えた十八世紀、一番の鍛冶屋でありながら生涯独身を貫いた変わり者ルーリンツの葬式が執り行なわれた。 約束通り彼を看取ったバラージュはその頃、町の領主となっており、今度は牧師のパプ・ヤーコブと深い仲になる。ルーリンツの葬式をした教会が取り壊される寸前である事を知り、買い取る形で救ったのがきっかけだった。 吸血鬼は十字架に触れると火傷を負ってしまう。教会などもってのほかだ。そのためこれまで一度も足を踏み入れた事などなく、取り立てて思い入れもなかったが、カーテンを常に閉め切った不気味な領主の大屋敷までわざわざ直訴に来た、その真摯さに胸を打たれたのだ。 バラージュはヤーコブの身の上を案じ、教会では会えないと言葉を濁すに留めていた。 しかし正体を悟ったらしいヤーコブは、夜な夜な教会の宿舎を抜け出し、町のはずれにある馬小屋での逢瀬を提案する。その馬小屋は川の畔にあり、夜には大変美しい景観と、人けのなくなった静けさがあった。 二人は一気に燃え上がり、逢瀬を繰り返すようになった。牧師と吸血鬼という許されざる恋に身を焦がし、愛する相手から血を分け与えられて空腹を満たす日々が続く。 しかし夜半に出歩くようになり、どこか血色も悪くなったらしいヤーコブを、町の人々は「悪魔に取り憑かれた」と噂するようになる。 加えて町の周辺では、家畜が襲われる不気味な事件が相次いで起こり始めた。朝になると馬や羊が忽然と姿を消していたり、無惨に殺されたりしているというのだ。 間の悪いことに、ヤーコブが血のついた服を洗っているところを目撃したという者が居た。彼は程なく衛兵に捕らえられ、犯人の濡れ衣を着せられた後、裁判にかけられてしまう。 自分は無実であり、領主と会っていただけだ。バルナ・バラージュは吸血鬼だ。 そう告発すれば解放されるとしても、ヤーコブはそうしなかった。 牢に入れられたヤーコブは神を裏切ったばかりか、教会の信用まで落としたとして自責の念に駆られ、処刑の日を待たずしてみずから命を絶ってしまう。着ていた服を破って壁の留め具に掛け、張りつくようにして首を吊っていたと言う。 バラージュは彼を救い出す事ができなかった。 死体を退けて見ると、牢の冷たい石壁には鉄の手枷を擦り付けて彫ったらしい小さな十字架が刻まれていたのだ。牧師としての信仰心が、最期にそうさせたに違いなかった。 哀れなパプ・ヤーコブの遺体は埋葬される事さえなく、罪人として森の奥へ捨てられた。 墓地は教会の敷地内にあり、バラージュは愛した相手をみずからの手で墓へ入れてやる事もできなかった。かと言って墓地ではない場所に埋めて十字架を立て、弔ってやる事ができる筈もない。 またしても恋人を逸し、バラージュも自身を責める。自身と惹かれ合ってしまったために、ヤーコブは命を落としたのだ。 「やはり私には、誰かを愛し続ける事は出来ないのか……」 バラージュは失意の中、思い出の馬小屋に赴き、そばの川に身を投げて後を追おうとする。吸血鬼は川などの流れる水も苦手なのだった。 だが、不意に気が付く。 「自分の手で人生を終わらせる事は、いつでもできる。愛しきヤーコブがそうしたように」 そこへ、皮の袋で顔を隠した正体不明の男が数人現れる。馬を盗もうとしているらしかった。 後日、いつも名の知れた牧場主として市場に姿を現していた男たちが、変わり果てた姿で衛兵の詰所の前に積み上げられた。死体はどれも首筋に小さな穴があいており、そこから血を一滴残らず抜き取られていた。あまりの不気味さに衛兵たちは青ざめ、口をきかなくなっていたという。 時を同じくして森に捨てられた遺体は消え、その場所には十字架の代わりに花が植えられた。 牧師が牢に入れられた事で守り人を失なった教会は荒れ、そこへ身を寄せていた人々も行き場を失なっていた。 もちろん吸血鬼にとっては、教会になど何の思い入れもない。しかし愛するヤーコブが遺したこの場所と考えれば、見過ごすわけにはいかなかった。 領主とはすなわち土地の所有者である。バラージュは教会を立て直させ、民間で運営される物とし、貧しい人々にも恵みを分け与えるよう命じた。悲劇の牧師パプ・ヤーコブの存在を忘れないようにと、今は亡き彼の冤罪と無念を晴らす事に決めたのだ。 バラージュ自身も、心優しく寛大な領主として人望を得る結果となった。

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