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管理員ローベルト

次の男の名は、カカシュ・ローベルトといった。バラージュが統治する土地の管理員として、最近新しく赴任したばかりの若者だ。ちなみに前任者はすっかり年老いて、家族に看取られながら安らかにこの世を去った。 小さな街だったはずの領地は、今や領主一人の管理では間に合わないほど豊かで広大になっていた。 都市部の名門大学を卒業後、故郷の役に立つためと戻ってきたローベルトは、十九世紀を生きる、若く、利発な青年だった。領主バラージュのために働きながら、自身の先祖には鍛冶屋もいたなどと気さくに話した。 察するに、彼はヴァルテルと別れてからのバラージュが最初に恋に落ちた相手ルーリンツの子孫らしい。どうにも顔は似ていないが、何世代も前の先祖とそっくりなほうが不思議だろう。 バルナ・バラージュが吸血鬼になってから、およそ四百年が経過していた。三度目の恋ともなると慣れてくるものかと思いきや、今までにない衝撃的な事実が判明する。 聞けば彼の先祖はカカシュ家の養子であり、元の姓はバルナというらしい。 そう、ローベルトは家系図上ルーリンツの子孫にして、その血肉はバラージュの子孫だったのだ。 それを知ったバラージュは堪らず、領主の大屋敷を離れ、ローベルトの前から行方をくらませる。 「私には、彼を愛する資格も、愛される資格もない……」 故郷に残してきた妻子から続いた子孫である。妻子を捨てたという事は、子孫を捨てたも同然だ。つまり遠い過去、バラージュはすでに彼を捨てた事になってしまうのだ。 愛する妻と子供を裏切り、山奥で放蕩生活を送ったつけがこんな形で回って来るとは。 夫が帰らぬ人となり、生活が苦しくなった妻は、子供を養子に出したに違いない。運命とは奇妙なものであり、何の因果か、巡り巡って皮肉な形でバラージュの前に現れた。 以前のようにヴァルテルに相談する事はできなかった。妻子を捨てたのはバラージュ自身の意思でもあったが、そのきっかけとなった張本人に打ち明けるのは筋違いというものだろう。 もっとも、彼には恋の苦しみなど分からなくなっているかも知れなかった。 バラージュはひとまず身を隠すため、二百年ほど前、ヴァルテル城から出てきて最初に手に入れた屋敷に棲み着く。何度か改装されたらしいが、いつからか持ち主不明のまま放置され、現在は空き家どころか廃屋のような状態だ。日当たりも悪く、売りに出してもやはり買い手はつかなかったのだろう。 懐かしさすら覚える小さな屋敷に身を寄せ、人目を憚り、正体を隠して細々と暮らすバラージュ。 しかし領主が行方不明になった事はすぐに人々の知れるところとなる。ローベルトも躍起になって探し回っている。と、風の噂で耳にしたバラージュは、 「このままでは、彼はきっと私を追ってきてしまう……」 と頭を抱え、屋敷に放置されていた(かび)臭い棺桶に閉じこもる。 共に過ごしていた時からローベルトの想いには気付いていた。だが彼にとっては曽祖父の曽祖父の曽祖父に世代を超えて恋をしてしまったようなものだ。 「道ならぬ恋に若い相手を引きずり込むのは、もうやめなければ……」 バラージュの心は葛藤に揺れ動いた。姿を現す事はできない。それでも、バラージュもまた、ローベルトに惹かれていたのだ。 町では「領主は病に倒れた」「偶像的存在に過ぎなかった」など様々な憶測が飛び交い、やがて別の領主が立つ事となった。世間は偉大なる前領主バルナ・バラージュの存在を少しずつ忘れ始める。 かつてその側近のようだったカカシュ・ローベルトは壮年になっても当時の忠誠心が根付いているのか、新しい領主の独善的なやり方に賛同できない頑固者と呼ばれていた。だが一介の役人の身で逆らう事もできずにいる。 愛する者の血を飲む事でしか生きられない吸血鬼バラージュは次第に衰弱してゆき、一人孤独に死を待っていた。日当たりの悪い廃屋と共に朽ちかけた棺桶の中で、人知れず枯れ木のようになって。 不老不死の命もここで尽きるかと思われたその時、何も知らないはずのローベルトが廃屋を訪ねてくる。新しい領主の命令により、土地の管理員として、持ち主不明の空き家を調査しに来たのだ。 今にも事切れそうなバラージュの赤い瞳に、子供のように泣くローベルトの姿が映っていた。

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