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Ⅲ
「……分かりました。総次さんが魔法使いだという事は認めます」
正義が総次の事を名字でではなく名前で呼んだのは、透や進がそう呼んでいたからだ。
「まああんまり公にはしてない事だから周りに言われちゃ困るんだけどね」
「言いませんよ!俺、一人暮らしだし友達もそんなに居ないんでその辺は」
「菅野さんは普段どんな仕事をしているんですか?」
透が何故そのような事を聞いてきたのかは分からなかったが、正義は視線を泳がせてから恥ずかしそうに俯いた。
「いやあの……居酒屋でバイトをしていたんですけど、今日クビになりまして……」
フリーターである事を告げるのがこんなに恥ずかしい事だとは思わなかった。それはきっと透の肩書きのせいなのだろう。
正義の一言に、透と進は視線を合わせ、総次は特に気に留める事も無く、床に置かれたミルクを舐める仔猫の頭を撫でていた。
「なら、うちで働いたら良い」
「そうそう。雑用をしてくれる人がいたら総次の負担も減るしね?」
「言い忘れたが、俺は此処の所長、谷脇進だ」
唐突に職を勧められた事にも驚いたが、透とは異なり口数が少ない進が次いで言った言葉にも正義は驚いた。
「透さんと進さんは双子なんですよ。ちょっと、擽ったいっ……」
猫特有のざらついた舌で頬を舐められ、その言い表せない痛みのような擽ったい刺激に、総次は「お仕置きだ」と称し、柔らかなタオルで猫を包み込んだ。
「双子……」
「似てるでしょ?」
「似ていて溜まるか」
恐らく二卵性双生児なのだろう。言われた後でも、透と進の顔は見てすぐに分かるほど似ている訳では無かった。気さくに話し掛けるタイプの透と、言葉の一つ一つに不思議な重みのある進。正義の一方的な感想ではあるが、あまり仲は良さそうでは無かった。
「と、そういう訳だから総ちゃん色々よろしくね?」
「色々、と言いますとアルバイト採用に関する手続き書類諸々の事ですかね?」
「流石総ちゃんは話が早いなあ」
面倒臭そうに深い溜息を吐くと、総次はそっと仔猫をその場に置き、オフィスの中央にあった自らのデスクへと向かう。
自分の意思とは無関係に進んでいく話に一人置いて行かれている正義は救いを求めるように透に視線を向けるが、正義の口から飛び出したのは、正義自身も予想だにしない言葉だった。
「あの……お二人はゲイなんですか?」
正義の正面に並んで座る二人。意表を突かれたと言わんばかりのその表情を見るとやはり双子である事は本当らしい。正義の言葉で室内の空気は一瞬で凍り付き、デスクで書類を探していた総次ですらその手が止まった。
「……止してくれ。俺は総次以外には興味は無い」
重苦しい空気を先に打ち破ったのは進だった。
「そうだよー。俺だって総次以外の男には勃たないしね」
「そうなんですか……」
自分から話題を振った正義ではあるが、二人の返答に複雑な表情を浮かべる事しか出来なかった。
「菅野くんはヘテロ?」
「……ああ、はい。ノーマルです」
一般の人間ならば聞き返していたであろう言葉を訳無く返答出来たのは引きこもり時代の賜物だろう。
「総ちゃん珈琲お代わりお願い」
「はいはい」
探していた書類は見付からなかったのか、透の言葉に総次は指を鳴らす。すると三人が座っている目の前に珈琲の入った器が何処からともなく現れ、ふわふわと宙を舞いながら丁寧に各人のカップに中身を注いでいく。
こんな力が使えるようになるのなら童貞のままでも良いかもしれない。正義はこの時そう思った。
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