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「どこまで着いてくんの?正義」 「そりゃあもう総次さんの行くところなら地の果てまでも……あ、お荷物お持ちしましょうか?」 「いいよ女じゃあるまいし」  透の命令を忠実に守る正義はその日から数日間、零距離で総次の護衛らしきものをしていた。  ただでさえ正義は人一倍運動神経に長けている訳ではない。もし何かがあった時に距離をとって尾行をしていたら間に合わない可能性も出てくるからだ。  当の総次は当たり前のように正義のその行為を鬱陶しく思いながらも例の一件がある事から渋々ながらもそれを受け入れていた。 「総次さん……」 「なに」 「首筋のそれ、進さんですか?」  正義は総次よりもほんの少しだけ身長が高かった。総次が一七〇センチであると言っていた事から、正義は一七〇センチ台の中盤くらいだろう。それでいて運動神経が良い方ではないので、学生時代は良く「木偶の坊」などと陰口を叩かれていたものだった。  少し上の角度から自分には見えない痕を発見された総次は咄嗟に何処かも分からない首の裏を手で覆い隠した。 「……あの、総次さんは透さんと進さんのどっちが本命なんですか?」  働くようになってから正義がずっと思っていた事だ。進が無口なだけかもしれないが、正義の印象としては透のほうがより総次のことを知っている気がする。しかし総次の取る人との距離感は、透よりも進のほうが近いように見えるのだった。 「……正義、そのまま離れてそこの公園の茂みに隠れろ」 「え……?」 「早くっ!」  突然総次が声を潜めて言ったかと思うと、六〇キロ以上ある正義の身体がふわりと浮き、そのまま右手側にある公園の暗闇へと放り込まれた。  何事かと直ぐに体勢を立て直し、茂みの中音を立てないように総次を探すと、総次は今まで歩いていた道に立ち止まっていた。  視線の先は前方を見つめており、気付かれないよう視線を送ると総次の見つめる先から一人の男が歩いてきていた。  一見するとテレビで良く見る大食いタレントのような巨漢だ。相撲取りと形容するには至らないが、恐らく身長は正義よりはあるだろう。  正義はその姿に見覚えがあった。  ――注意しろ。  透に厳しく言われ、写真も見せられた志村祐一郎――その男だった。 「総次!久し振り――!」  透の懸念通り、祐一郎は別の調査機関を使って総次の居場所を探し出していたのだった。  祐一郎は総次を見るなり嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄る。様子から察するに、つい一瞬前まで正義が側に居た事には気付いていないようだった。 「何しに来たの?」  総次の前まで辿り着いた時、祐一郎の息は既に上がっていた。正義から見ても分かる程に不機嫌な総次を他所に、祐一郎は両手でしっかりと総次の手を掴む。 「会いたかったよ総次……」 「俺は別に会いたくも何ともねーしっ、何だよお前何キロ太ったんだよ見苦しいっ!」  茂みから見守っているだけの正義は一瞬、己の耳を疑った。総次が雑な言葉遣いをしている印象が今まで無かったからだ。  必死に何度も祐一郎の手を引き剥がそうと試みる総次だったが、見た目に準じ力の強い祐一郎の手は容易に剥がす事は出来ず、祐一郎はそんな総次の手を掴んだまま公園の茂みの中へと足を進めて行く。 「痛え、からっ……離せっつってんだろ!」 「『太ってる事なんか気にしないでいいよ。 祐一郎のそんなところも大好き』って言ってくれたのは総次だろ?」 「んなの……大昔の事だろーが!」  正義の忍んだ茂みから障害物無く見える樹木に祐一郎は総次を押し付ける。距離としては五メートルも無いだろうか。気配を悟られぬよう両手で口を覆いながらも身体が茂みから見えないように位置を調節し再度総次たちに視線を送ると、背後の逃げ道を樹木で絶たれた総次の目前で、祐一郎はジーパンを下ろし既に半勃ち状態である一物の先端から滴るカウパーを、嫌がる総次の口元を始め顔面に塗りたくっているところだった。  正義はその瞬間に直ぐにでも茂みから飛び出してしまいそうになっていた。ただ偶然か気のせいか、総次と目があったと感じた瞬間に正義の足どころか身体全てが動かなくなってしまったのだった。  これも総次の魔法なのか。もしそうだとすると総次自身がこの場での解決を望んでいないという事が言える。 「総次いつもしてくれたじゃん? 昔みたいにしてよ……」 「……やだ――」  顔を背けたままなるべく口を開かないようにしていた総次だったが、業を煮やした祐一郎によって髪を掴まれると無理矢理正面を向かされ、強引にいきり立つソレを総次の口の中へと捩じ込んだのだった。 「は、あ……総次の口の中、総次の口の中……!」  一人興奮状態の祐一郎は両手で強く総次の頭を抑え付けながら更にその奥へ奥へと押し込んでいくように腰の前後運動を早めていく。  総次の声は時折苦しそうな嗚咽が聞こえるだけで、何の感情か、目に溜まった涙が頬を伝い流れ落ちていた。  正義はその光景を目の当たりにしながら、自らの股間がざわつき始めるのを感じていた。 「あっ……イクイクっ……総次ちゃんと全部飲んでよっ……!」  祐一郎の言葉に総次は目を丸くし、何とか祐一郎の手から逃れようとするが、祐一郎は興奮から腕で総次の頭を抱え込みながら激しく喉を突きその奥に溜まりに溜まった精液を流し込んだ。  総次の意識が反れたのか、身体が突然軽くなった正義の身体から一気に血の気が引いた。  満足感からその場に両膝を付き恍惚の表情を浮かべる祐一郎と、自己満足に喉奥へと精を放たれ嫌悪感からその場に嘔吐をし始める総次。呼吸も上手く吸えていないようで立ち上がる事もままならず、両手両膝を付きながらもその場から逃げ出そうと動き出す。しかし、そんな総次の片手が突然奪われ、背中から祐一郎の巨体が重くのし掛かる。 「ぐっ、……なん、だよっ……もう用は済んだん、だろーがっ……」 「何言ってんだよ? 漸く再会出来たんだから。 これからだろ?」  祐一郎に奪われた両手が背後で金音と共に手錠を掛けられる。 「ばっ……何やってんだよ! 外せ! 今すぐ!」 「総次のココは俺を寂しがってただろ? もうずっと入れたままにしておこうな? 総次が寂しくないように」  百キロ近い巨体に背中へと乗られ、双丘周辺をねちっこく揉まれ、ついに総次の堪忍袋の緒が切れた。 「……や、めろっつってんだろうがよ! この愚図が!」  総次の怒声とほぼ同時に、祐一郎の巨体は空を舞い、樹木に勢い良く叩き付けられる。正義がぽかんとその光景を見つめていると、はた、と手錠を外す総次と目が合う。祐一郎に気付かれぬよう声は出さずにジェスチャーで正義に指示を出すと、それを見て安心をした正義は指示通り退散の準備をしようと立ち上がり掛ける。 (そうだよな。 考えてみりゃ総次さんには魔法があるんだし、俺が心配すること……) 「……A市心療内科。 もう薬無しで寝られるようになった? 総ちゃん」  まだ自由に動く事は出来ないだろうが、樹木の根本で仰向けに倒れたままの祐一郎が顔をにやつかせながら総次に向かってそう言った。  一度は撤収指示を出した総次だったが、再び手を伏せ正義をそのまま待機させる。 「……何でお前がその事知ってんだよ」  総次の元からの口調なのか、すっかり雑な口調が定着してしまっている事に総次自身は気付いていないようだった。 「おーいてえ……それだけじゃねえよ、総次のことは全部調べた。 総次の最初の恋人、自殺してたんだってな?」 「! こっち来んな!」  ニタニタと厭らしい笑みを浮かべながらゆっくりと起き上がると、祐一郎は公園の更に奥の茂みへと総次を追いやっていく。  『自殺』という言葉に思考が追い付かなかった正義であったが、状況が悪化している事に気付くと見付からぬよう距離を取って追いながら透の携帯電話に連絡を入れる。 「何て名前だったかな……聞いたのに忘れちゃった。 そいつが今でも総次の忘れられない人?」 「来るな、って言ってんだろ……」 「掴まえたー」  総次に先程までの気迫が感じられないのは先程出た「最初の恋人」のせいだろうか。嫌がる総次の手首をコンクリートで出来た壁に押さえ付け、強引に唇を押し付ける。祐一郎は覚えていないのだろうか。総次の顔面には先程祐一郎自身がカウパーを塗りたくっていた事を……。  二人の吐息だけが深夜の公園に響く。透と進の到着を待ち詫びるだけの正義は音も立てずにその光景を見守る事しか出来なかった。 「……気が済んだかよ」  声がして正義が視線を戻すと、祐一郎は剥き出しの股間を抑えて蹲り、総次の口元には暗くて分かりにくいが濃い色の液体が付いていた。 「次は噛み切んぜ」 「うぅ〜……大好きな総次。 可愛い総次。 俺のお姫様……本当はこんな事したくなかったけど……しょうがないよなっ!」  股間を抑える祐一郎が激しい眼光で総次を捉える。それに一瞬怯む総次だったが、次に正義が見た光景は何度目かの目を疑うものだった。 「ごめんなさいっ……!」  祐一郎が総次に狙いを付けて片手を高く振り上げた。その瞬間、総次が叫び出した。寸前までの言動が一八〇度変わり、両腕で頭と顔を被い隠しながら身を小さくするように捩って「ごめんなさい」と呟く。  祐一郎自身もそんな総次の変貌に躊躇いを示したが、総次が今どんな状況なのか顔を被う腕に手を掛ける。しかし思った以上に総次の力も強かったのか、強固に離れないその手に再び手を振り上げる。 「……殴るぞ?」  耳に届いたその言葉に総次の全身が見て分かるほどに震える。 (え……今の、何……) 「殴られたくないなら大人しくしときな……?」  完全に主導権を握ったことを確信した祐一郎はにやける顔を隠しきれない様子で、抵抗をしなくなった総次のズボンを遠慮無しに脱がせる。 「……ハハッ、聞いた時は信じられ無かったけど、やっぱりそのトラウマって本当なんだな!」 「……て、め……後で覚えとけよ……」 「殴るよ?」 「ッ!」 「……嘘。 殴る訳無いだろ。 愛してるよ総次……」  脅しの為に振り上げた手で総次の腰を抱き寄せると、途端に総次から悲鳴のような声が聞こえる。正義の位置からは良く見えなかったが、何をされているかはおおよそ予想が付いた。 「ほら……懐かしいだろ? 俺の形覚えてる?」 「や、っ…だ……」 「気持ち良いって締め付けてんじゃん。ほんと身体だけは正直だよな」 「…あ、うっ……ひあっ…や、あそこ…っ…」 「ココが良いんだろ?知ってるよ」 「あっぁ、…ッ、は…あ、っ…」  数日振りの艶声に気付けば正義の熱はズボンを押し上げしっかりと主張をしていた。総次を助け出すのが先決のはずなのに、この状態では助けに行く事も出来ない。 「や、やだ…っ……動かな…でっ…」 「なあ、総次をこんな風にしたのは誰? 最初の恋人は何で死んだの?」 「…ッ、…たか……と…………」 総次の頬に、一筋の涙が流れた。 「あれ……?」  気付けば『音』が全く無い。深夜であるから日中の喧騒までとはいかずとも、虫の声や風の音もつい先程までは聞こえていたはずだ。 「総次さんっ……!」  思い出したかのように正義が総次たちを振り返ろうとすると、目の前を何かが猛スピードで走り抜けて行った。  公園の隅、公衆便所のコンクリートの壁。祐一郎の身体はその壁へと垂直に貼り付いていた。背中から蜘蛛の巣状にコンクリートの皹が入っており、つい先程と同じ総次の力である事を正義は直ぐに理解する事が出来た。しかし先程とは違うのは、祐一郎が壁にへばりついたまま今も尚もがいている事だった。  その正面から十メートルほど離れた距離に総次は立っていた。総次の周りの空気は何故か歪んでいる。 「総次! もういい総次……!」  正義の目の前を抜け総次に駆け寄ったのは進だった。背後から総次を抱き締め、片手で目元を、もう片手で両腕を抑え込む。 「もう良いんだ総次……」  進がそっと声を掛けると突然祐一郎がはりつけられていた状態から解放され、地面に落下する。それと同時に元々聞こえていたはずの虫や風の『音』が戻ってきた。 「総次の魔法ってやり過ぎると空間まで歪めちゃうんだよねー」  聞き覚えのある声に振り返ると、正義の直ぐ側に透が座り込んでいた。 「と、透さん!」 「正義グッジョブ。 良く連絡した」  透は正義に向けて親指を立てるが、正義はその場で地面に頭を付けて土下座をした。 「すいません……!俺、ちゃんと総次さんを守りきれなくて……」 「あ、いーよいーよ。元からそこまで期待してないっていうか、ああなった総次、多分正義には止められなかっただろうしさ」  あれだけ透に「総次を守れ」と言われておきながら、祐一郎の登場から何一つ出来なかった不甲斐なさに正義は頭を上げられずに居た。 「透」  透に声を掛けた進は、両手に自分の服を着せた総次を抱き上げていた。総次は両腕をしっかり進の首に回し、顔を見せようとしない。 「あ、あの……あの人は?」  正義が気にしたのは壁の下で伸びている祐一郎だった。総次の魔法で壁にはりつけられていたとしたならば生命の危機もあるのではないだろうか。 「……ああ、まあ死んではいないでしょ」 「そうだな。死んではしないだろうから気にしなくて良い」 「……」  透も進も、元から祐一郎の安否には興味が無かったらしく、一瞥するのみで確認の為に近くに寄ろうとはしなかった。 「それにアイツ何持ってたか知ってる?」  そう言う透が手にしていたのは、祐一郎が始めに総次を連れ込んだ茂みで一度離したナップザックだった。何が入っているのか考えるのも嫌だったが、手渡されたナップザックの中を覗き込み言葉を失った。  予備の手錠が幾つかと、恐らくそういったプレイ用の首輪、警官が持っていそうな棒状のスタンガン。催涙スプレー、他にも一般的な防犯グッズばかり。そして最後に出てきたものは刃渡り十五センチ強のジャックナイフ。 「殺る気満々だったみたいね。遅れてたら本当にやばかったかも」  いつまでも進が総次を抱き上げている事が気に食わないのか、透は進が抱く総次に向けて両腕を広げるが、進はそれを敢えて無視をして歩き出す。 「正義、志村は他に何か言っていなかったか?」  深夜の路上。一人の男を抱いて歩く三人の男たち。一見すると異様な光景に見えなくもない。 「他に……あっ」  正義は祐一郎の言葉で一つだけ気になった事があった。しかし寝ているか起きているかも分からない総次の前でそれを口にするのは憚られた為、身軽な透の腕を引き、総次を抱いた進から離れた。 「あの……総次さんの最初の恋人のことを言ってました」  正義に道路の隅にと連れて来られた透はその言葉に怪訝そうに眉を寄せる。 「最初の?真人のこと?」 「いや、名前までは……でも確か自殺されたって……」 「貴斗か……」  正義から聞いた内容から、総次が何故あんなにも取り乱したのか合点がいった透は怪訝そうな表情のまま溜息を吐いた。 「続きは家でしよう。 早く総次を休ませたいしね」  二人のやりとりを黙って見つめていた進の元に二人が戻ってくると、透の提案でこの場所から総次の家の次に近い透の家へと向かうことになった。どうやら透と進は一緒には暮らしていないらしい。

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