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「総次は?」 「寝たよ」  透が寝室で総次を寝かし付けている間、進と正義の二人はリビングで寛いでいた。どうやら総次だけではなく進も煙草を吸うらしい。ガラス製の灰皿は透のものだろう、少し苛ついた様子で進は口から煙を吐き出していた。  なので透が戻ってくると正義は重苦しい雰囲気から解放されたようで安心をした。ただでさえ寡黙な進が更に機嫌が悪いとなるとより居心地の悪い空間のように思えてしまうのだ。 「正義眠くなったら寝れば良いからね。俺は進と話があるから」 「あ……はい」  透と進はテーブルを挟み向かい合わせに座る。足を組む角度も、煙草を持つ角度も全く同じで、やはりこう見ると二人は双子なのだなと正義は改めて感じる事が出来た。 「並みの探偵ならば総次の過去の相手くらい調べられるだろう」 「じゃああのバッグの中身は?ただ殺すにしても……祐一郎は魔法の弱点を知ってたんじゃないの?」 「ただの変質者だからとも言えるが……全く関係が無いとも言い切れないだろうな。」  時刻は既に深夜二時を迎えていた。透の言葉に甘えソファで横になっていた正義だったが、夢現の中微かに聞こえた言葉が耳に残った。  そして同時に正義は夢に落ちながらも何か引っ掛かるものを思い出しそうになっていた。 (何だっけ……何か、確か総次さんは……) 「そう……『殴るぞ』って……」 「!」  寝ているかと思っていた正義の言葉に二人は耳を疑った。その言葉は二人ですら総次に対しては禁句として使う事を控えていた単語だった。 「総次のトラウマをピンポイントで狙いに来たって事か……?」 「しかしそんな事、一体誰が……」  二人は沈黙した。しかしその沈黙が功を奏したのか、寝室から突如響いた総次の叫び声は正義の耳にもしっかりと届いた。  二人が無言でリビングを飛び出し寝室に向かった事で、正義はそれが夢ではない事が分かった。 「総次どうした!ちょっ、落ち着けよ!」  二人が寝室に入った時、総次は床に蹲って何やら良く分からない事を喚いていた。側には液晶が点灯したままの携帯電話が開かれたまま置かれており、透が総次を宥めようと強引に抱きすくめている間、進がその携帯電話を拾い映し出されている画面に目を向けた。 「総次さん、どうし……」  眠気を払いながら起き上がった正義が漸く寝室へと顔を出すと、透が携帯電話を片手に来たばかりの正義と共に寝室を後にした。扉が閉まる寸前、中を見ると総次が進にしがみついていた。 「あの、透さん……総次さんに何が……」  数分の間に総次には何があったのか、不安そうに透の顔を見る正義だったが、透は手元の携帯電話を凝視したまま黙ってリビングに戻って行った。  リビングのソファに腰を下ろすと透は眉間を抑え険しい顔をしていた。この数日で何度透のこんな表情を見てきただろう。そんな事を考えながら正義は透の顔を見ていた。 「……総次の嫌いなこと」 「はい?」  つい先程まで見ていた携帯電話の画面を正義に向けてきた。それはメールの受信画面で、画像の添付ファイルがあった。  画面に一面に広がる鮮赤。 「これ、は……」 「祐一郎からの遺書メール。 ご丁寧にリストカットの写メ付き」  暗くて分かりにくかったが、良く見ると手首のようなものが映っている。その写真を正常に描写する事は難しかったが、ピンク色の肉の内側から真っ白な――骨が覗いていた。 「――ッ!」 「祐一郎は総次の嫌いな事分かってて敢えてそこを狙ってきてるみたいだね。陰湿っていうか……もうただの変態」  見せられたそれが現実のものであると認識出来そうにない正義の脳裏からそれは中々消えてくれそうには無かった。 「今日はあのまま進と一緒に寝るかな……」  気付いたら叫び声すらも聞こえて来なくなった寝室に漸く透は安心したようにテーブルの上の煙草に手を伸ばす。 「進のああいう寡黙な感じ……口調とかも、総次の元カレの貴斗に似てるみたいなんだよね」 「貴斗……?」 「総次の……多分本当の意味での最初の彼氏。 勉強もスポーツも何でも出来る完璧な人だったんだけどゲイだった――」 「……っく、進……さん……」 「大丈夫だ総次……大丈夫……」  総次を抱き締めたままベッドに入るも、総次の震えは止まらないままでいた。恐らく数時間の内に様々な事が立て続けに起こった為、過去の辛い経験を思い出してしまったのだろう。遥か昔、進たちですら手を差し伸べる事を躊躇ったあの時の総次のように―― ――「透、見てみろ。綾瀬総次」 ――「ホントだ。今日もまた儚げっていうか幸薄げな顔してるよなー」 ――「……貴斗の姿が見えないようだ」 ――「二人が一緒に居る方が最近珍しいんじゃね? あ、ほらメール。 貴斗からじゃ……ん?」 ――「様子がおかしくないか?」  懐かしい夢を見ていた進は唐突に何かによって叩き起こされる。それは、さっきまで見ていた夢とシンクロしているような、総次の叫び声だった。  泣き喚いているだけで、はっきり何を言っているかは分からない。慌ててベッドから飛び出すと総次の肢体を背後から抱き締め、片手でそっと口元を覆う。 「どうした総次……怖い夢でも見たのか……」 「……進、さん…… ごめん……なさい」 「良いから。 もう謝るな。 お前は何も悪くない」  可哀想な程、総次は純粋過ぎた。また、それが原因で傷付き易くもあった。長年かけて久方振りに再会をした時、総次は処世術として見事なスルースキルを身に付けていた。  しかしそれが今、祐一郎の再来によって崩されようとしている。口下手な進はこんな状態になった総次の慰め方を知らない。 「総次……」  貴斗だったらこんな時どのように総次を慰めたのだろう。あの時の顛末を進も透も知らない。思えばあの時、既に総次は壊れていたのかもしれない。  大学のキャンパスで、誰もが羨んだ完璧なカップルであった貴斗と総次。当時は総次の方が恋愛に不慣れという事もあり、それがまた初々しくもあった。また当時総次には別の恋人が居たらしく、その恋人から貴斗が略奪をしたらしいという事も当時噂されていた。  当時の総次に、興味本意で透が手を出すと断り方も知らない総次の反応がとても可愛らしかった。勿論その後で貴斗にきつく灸を据えられることも一連の流れだった。  そんな二人の仲を決定的に裂いたのがあの一通のメールであったのだと思う。 「……ごめんなさい……もう、大丈夫だから……」  少し気恥ずかしそうに総次は振り返り、進に向かって笑みを浮かべた。 「もう……いいのか?」  進からしてみればその総次の言葉は少し意外だった。しかし総次だっていつまでも昔のままではない。一時の感情で心のバランスを崩す事もあるが、その分立ち直りも早くなったのだろう。  壁掛けの時計に視線を向けると時刻はもう明け方。窓の外の空も白んで来ている。 「もう少しで朝になる。 少しでもいいから寝ておけ」  くしゃくしゃと頭を撫で、寝るのに邪魔にならぬようと進が立ち上がろうとすると服を背後から引っ張られる感覚がし、振り返る。すると、総次が顔を俯かせたまま進の服の裾を掴んでいた。 「総次?」 「あの、出来たら……一緒に寝て貰えたらと……」 「よし、寝よう」  総次の申し出は進にとって信じられないものだったが、断る理由も無いどころか進からすると願っても無い事だった。総次を先にベッドに促すと、総次が背中を向けて欲しいというので、扉の方を向いて横になると、背後に総次が密着をしてくる。これは逆に好都合だと進は若干前傾姿勢になりながらも扉の開く音がして視線を向けると僅かに人影が見える。 「何でお前ばっかり総次に好かれるんだよ……死ね進っ」  それだけを言って扉を閉めたのは恐らく透に違いが無い。

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