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「後悔」

作戦会議を終え、司令室を後にすると、俺ーーシャドビゼルは無言で、廊下を歩いた。 いつもなら静まり返っているはずの深夜の兵舎は、臨戦態勢で騒然としていた。兵士たちが自分の役目を果たそうと走りまわっている。皆、あと数時間で襲ってくる怪物に備えているのだ。 『あいつら』に対抗できるのは、巨人型戦闘機『クローラ』だけだ。 クローラは、十七才以下のパイロットだけが扱える不思議なロボットだった。早ければ十八才で操作が出来なくなる。明日、相棒が十八才の誕生日を迎える。だから、この戦いが本当に最後になるのだ。 「おい、リアン」 俺は前を歩く相棒ーーリアンの名を呼んだ。リアンは少し癖のある赤髪を揺らし、大股で歩いている。細身だが締まった体はちょっとやそっとでは軸がぶれないような強さが、その後ろ姿からも見てとれた。 軍服に見を包んだ彼は、私服よりも少し大人びて見える。 いつも陽気なリアンだが、俺の呼びかけにも答えず、珍しく無口だ。 長年の付き合いから、不機嫌というよりも緊張しているように見えた。 その原因心当たりがないわけではない。 (さっきの、プロポーズだよな) ほんのついさっき、俺はこの男からプロポーズされた。 俺はずっとリアンに思いを寄せていた。だからこそ、愛の告白に俺は喜ぶべきなのだ。本来は。 しかし、なぜか心にある事が引っかかって、素直に喜べなかった。 「いつまで黙ってんだよ」 俺はリアンに声をかけた。 更衣室に入り、パイロットスーツに着替えたが、それでもリアンは頑なに口を開かなかったからだ。 少し間が空いた後、リアンが視線をこちらに向けた。 「さっきのことだけどよ……」 俺が言いかけた時、リアンの手が俺の方に向かってゆっくり伸びた。 (……え?) 驚く俺をよそに、リアンは優しく俺の髪を撫でた。 長い付き合いだが、リアンが俺をこんな風に触れたのは初めてだ。 スキンシップはあってもハイタッチだったり、肩を組んだぐらいだ。それよりも殴り合ったことの方がはるかに多い。 まるで恋人みたいに優しく触れられて、俺の鼓動は跳ね上がった。 「さっさと終わらせて、結婚しよーな」 リアンが屈託なく笑う。見とれてしまった俺はバカだ。頰が熱くなる。あまりにも単純な自分の反応に死にたくなるほど恥ずかしい。 いや、今はそんな空気に流されている場合ではない。 その結婚について、今は問いただせねばならない。 「お前ってさ、なんで俺と結婚してぇの?」 「えー? だって、俺、シャドのこと好きだし」 俺はリアンから『好き』と言われるのをずっと待ち望んでいた。 しかし、今は心から喜べない。 「じゃあ、質問を変えるわ。お前さ、昨日まで一度でも俺とキスしたいと思ったことはあるか?」 「ないけど」 リアンはきょとんとした顔で答えた。その顔に何の悪意もないところが本当に憎たらしい。 俺はため息をついた。 俺の心に引っかかっていること……それは、リアンが俺の事を恋愛感情で見てないということだ。 ずっと隣にいて、ずっと思いを寄せてきたからこそわかる。 彼は俺のことが好きだから結婚したい訳じゃない。 それを裏付けるように、リアンは笑いながらそれを肯定した。 「俺たち相棒だしさ、きっと家族になっても仲良くやっていけると思うんだ」 彼が欲しいのは『家族』だ。 孤児の彼にとっては憧れの存在だと言っていた。 自分を捨てず、孤独にしない家族。 きっと好きかどうかは二の次なのだ。 それほどリアンは家族を欲するということは、裏を返せば、それほど心に深い孤独を抱えていたのかもしれない。 「それにパイロットじゃなくてもいいって言ってくれたのはシャドだけだし」 リアンの言葉はなんの悪意もないのに、俺を深く傷つけた。 「てめぇが好きなのは、てめぇだけだろ」 自分でも驚くほど低い声がでた。その声で、さすがのリアンも不穏な空気を感じて、驚いて小さく声を漏らした。 リアンが何度か瞬いて俺を見つめている。戸惑ったような表情だ。 こんな奴をどうして好きになってしまったんだろう。 その悔しさから、ひねくれた言葉が口をついて出た。 「俺じゃなくてもいいくせに。自分のこと好きになってくれる奴なら、誰でもいいんだろ」 言った瞬間に後悔した。 こんなこと言うつもりじゃなかった。 告白してくれるリアンにもっと上手く接することができれば、いつか本当に好きになってくれたかもしれないのに。 (俺は本当に馬鹿だ……)

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