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「ずっと」

情けない顔を見られたくなくて、俺は目を伏せるしかなかった。 しかし、次の瞬間リアンに抱きしめられた。その大きな手が俺の背中に回り、肩口に鼻先が当たった。リアンの香りに包まれ、俺は固まってしまった。口から心臓が飛び出そうなほど緊張してしまった。 「生まれてきてくれて、ありがとう」 「え?」 突然言われた言葉の意図がわからず、聞き返した。 リアンは俺を抱きしめたまま、その理由を話し始めた。 「俺の育った孤児院では、新しい子供を迎える時、シスターがそう言うんだ。俺も三歳の時、そう言ってくれたのを覚えてる。『リアン、生まれてきてくれてありがとう。今日があなたの誕生日よ』って」 リアンが自ら過去を話すのは初めてだった。密着した体を離そうとしたが、背に回された手がそれを阻んだ。 「だから、俺は大切な人にそう言おうって決めてた」 それは、紛れもない告白だった。 こんな真剣な思いは予想外だった。 焦った俺は強引にリアンの体を押し返した。 「だ……、だって、お前……さっきは、昨日まではそんな事ねぇって……」 「だって、さっきキスしたら好きになっちゃったんだもん」 「だもんじゃねぇよ!」 (本当についさっきじゃねぇか!) リアンは俺の言葉に笑い声をあげると、何を考えているか分からない笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。俺はリアンと同じ歩数後ずさった。 しかし、狭い更衣室では数歩後退しただけで、背中に壁をぶつけた。 リアンは片手を壁について、俺の逃げ場を防いだ。いつものようにへらへら笑っているが、その目はどこかギラついていて、俺は息を飲んだ。キスされるんじゃないかと瞼を閉じた。 プロポーズは拒絶するくせにキスを受け入れる俺は、卑怯だ。 しかし、リアンはキスをしてこなかった。 かわりに切ないぐらいの真剣な眼差しが目の前にあった。 「いや、違うかも。俺、ずっとシャドのために戦ってた。シャドにかっこいいところ見せたくて、頑張ってた。俺、本当はずっとシャドのこと、好きだったんだと思う」 真摯なリアンの言葉に俺は動けなかった。緊張で口が渇く。うまく言葉が出なくて、声がかすれた。 すると、リアンは俺の鼻先で穏やかな笑顔を浮かべた。 「だから、嘘でも戦わなくても一緒にいてやるって言われて、俺……、すごく嬉しかったんだ」 (嘘でもって、何言ってんだよ……) 「おい、リアン。俺は嘘なんて言ってねぇぞ」 妙な誤解をしているリアンに説明しようと思ったが、それすらも遮るように、再び抱きしめられた。 「シャドが嘘つきなの、俺知ってるよ。俺がここにいられるのも、シャドが俺の事、好きでいてくれるのも俺が『天才パイロット』だからだろ」 人の話を聞かないリアンに俺もいい加減頭に来て、その胸ぐらを乱暴に掴んだ。 「てめぇ、酔ってんじゃねぇぞ」 「酔ってない! 現にシャドは俺と結婚してくれないじゃないか」 「それとこれとは話が別だろ!」 「別じゃない! シャドは引退したら、もう俺と一緒にいてくれない。俺のことなんてどうでもよくなるんだ」 「そんな事ねぇって言っただろ。なんで信じてくれねぇんだよ。俺はずっとーー」 ーーお前の事が好きだったのに。 そう言いかけた時、第三者の声が更衣室に響いた。 「いつまで着替えてんだよ!」 司令官であるチーが扉を開くなり、叫んだ。そして、傍から見れば一触即発の俺たちを見て、呆れたようにため息をついた。 「お前ら、最後ぐらい仲良くできねぇのか」 俺は襟首を掴んでいた手の力を抜いた。リアンの襟元は俺の手によって伸びてしまったが、形状記憶に優れたスーツは、ゆっくりと元に戻った。まるで最初から何もなかったかのようにスーツだけは全て元通りだ。

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