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第五章

 家で巨大な犬を養っている中でも千景には仕事があった。最近の千景は親しみやすくなったと言われ職場での評価も上がり仕事の後で飲みに誘われる事も時折あった。  最近の玲於も少しは家事を覚え、自分が食べた後の食器は洗って片付ける事が出来るようになっていた。洗濯は一度洗剤の量を間違えて床を泡だらけにした事からまだ禁止されているが、取り込む事と畳む事は出来る。ほんの少し家事の手間が減った千景は状況を見て飲みの誘いに応じる事も増えてきた。 「ただいまぁー」 「おかえりちか兄」  その日の千景の帰宅も零時を回る頃になっていた。千景は下戸という訳ではないが時々許容量を考えずに飲む事もあった。財布も取られず迷わずに自宅まで帰ってきているという事は本人としてもセーブはしているつもりなのだろう。それでいて翌日に響く事がないのでやはり酒は強い部類に当たる。  どんなに千景の帰宅が遅くなろうとも玲於は千景が帰宅するまで起きて待っていた。それがまた忠犬度を増している事に玲於は自覚が無かった。 「んー、今日もレオは可愛いなあ」  飲酒をした日は風呂には入らない。翌朝の出勤前にシャワーを浴びていく。片手でシャツのボタンを外していると「待て」状態の玲於がうずうずと身を震わせて千景の服の裾を掴む。 「キスしたい」 「ん、良い子」  玲於は本能的に嗅ぎ分けているのか、無遠慮にキスをする時と千景に許可を取る時がある。千景にとっても帰宅時のキスは恒例行事となっているので、「待て」が出来た玲於の耳殻を指先でなぞりつつ唇で触れる。 「……お酒飲んできたの?」 「少しだけな」  唇を触れ合わせるだけで伝わるアルコールの味。未成年の玲於は酒を飲まない。家から出ない為外で飲む事はまず無いが元々千景が家に酒を置く人間ではないので、酒に触れるという機会そのものが玲於には無かったのだ。 「いーなぁ……」 「お前ももうすぐだろ」  酒が飲めるようになれば少しは千景の気持ちが分かるようになるのだろうか。酒を飲んだ日の千景はどことなく上機嫌だ。  自分の父親は酒を飲むと暴れて暴力を奮う人だった。誰しも酒を飲むと殴る訳ではないという事を玲於は最近になって知った。母親も仕事柄毎晩のように酒を飲んでいたが、その時は必ず泣いていたのだ。だから千景が酒を飲んで上機嫌になる事が玲於は珍しくもあり嬉しかった。 「ね、もう一回……」 「……」  酒を飲むと千景は寝るのも早くなるが、その分幾らでも起きない千景の体を触れるし、起きている間は何度キスをしても怒られない。  ズボンを脱いで着替えようとしていた千景に顔を近付けると千景は玲於の首に腕を絡ませる。  角度を変えて何度も唇を重ねた数分後―― 「ちか兄?」 「……足りねえ」 「えっ?」  突然千景が言い出した。玲於からしてみればもう十分過ぎる程キス溜めが出来たので、何を以て千景が「足りない」と言っているのかと心当たりが無かった。それでも千景から沢山のキスを強請ってくれる事は玲於にとって嬉しく、千景が玲於を引く力に合わせて腰を屈め二人一緒にリビングに腰を下ろした。  千景の口角が僅かに緩む。油断している玲於の口腔内にするりと舌先を滑り込ませ同時に頭部を抑えて距離を取れないように固定した。 「ぅんっ!?」  玲於には初めての感覚だった。千景の舌が自分の口の中に入ってきているだけでも感涙であるのに、その舌先が玲於のそれをなぞり絡め取り擦り合わされる。 「……っぁ、ふう、ン……ちか、に……」  閉じられない口の端から唾液が伝い流れ落ちる。玲於の背筋がぞくぞくと震える。今まで生きてきた中でこんな感覚は初めてだった。脳の奥がじんわりと痺れていく、それと同時に主張を始めたそこが、痛い。 「……れお?」 「待っ、て……俺、今、何か、ヘン……」  千景が唇を離すとどちらのものとも分からない銀糸がぷつりと切れる。千景は多少燻りを残しつつも満足したように自らの唇を舐め上げる。  見れば玲於が耳迄赤くして俯いている。まだ玲於には刺激が強すぎたかと考えつつも妙な動きをしている玲於の視線を追うと必死に両手で股間を隠そうとしているのが分かった。 「変って……ああ、キスで気持ちよくなっちまったんだ?」 「ふえ……?」  若いなあと思いつつも考えれば普通な事かと納得した千景は、玲於の寝間着のスウェットを押し上げつつ滲みを広げるそこを撫でる。 「りゅう達は教えてくんなかったのか? こういう時どうしたら良いのか」  問い方としては少し意地悪な気もしたが、スウェットと下着を下ろせばぷるんっと天を仰ぎ主張する玲於の雄をそっと握り込んでから上下に扱き始める。  みるみる成長が加速するそれは身長と比較して自分よりも大きいかもしれない。当の玲於は両手で顔を覆い隠してしまったので表情を窺い知る事は叶わないが、浅く荒く繰り返される呼吸が何よりも明確に表現していた。  間違っている事は千景にも理解出来ていた。穢してはいけない存在だった筈なのに、指の間から僅かに漏れ聞こえる玲於の声が理性をぐらつかせた。  欲を言えば顔が見たい、どんなに可愛い顔をしているのか。  舌先で鎖骨から首筋をなぞり、玲於からも見えない角度に唇を当てる。噛まないように、気付かれないように。小さな吸い上げを何度も繰り返して小さな緋を残す。  指先でも彼を愛でて、初めて触れたこの箇所。もう二度と触れる事は無いとしてもそれを忘れる事が無いように。可愛くて、可愛くて、愛しくて―――― 「ちか、にっ……あっ、あ……、ンんっ……」  ぶるっと玲於の腰が震え千景の手の中に精が吐き出された。 「かわいー声出すじゃん」  千景は手の中のこれを舐めてみたいと思ってしまった。そんな事をすれば十年前の比ではない。向けてくれていた好意と信頼が一気に失われる可能性もあった。  玲於にとってこれが人の手による初めての射精だった。十年前の比ではない。自分の物を握るのがこの愛しい人の手だという事が更に拍車を掛けた。 「……は、あっ、ちか兄が、触っ、て、っから…………ちか兄?」  ぐったりと肩を落としつつももう一度あの感覚を味わいたいという気持ちもあった。もう一度先程と同じ濃厚なキスを貰えば反応するだろうか。  キスしたいキスしたいキスしたい、えっちなキスしたい。気持ちよくなりたい。そんな思いが玲於の頭の中を占領し始めていた。  先程の一言から千景の反応が一切無い。何か怒らせるような事をしてしまったのだろうか。千景相手だったから仕方の無い事だったのだ。十年前のあの日、あの後千景の顔を思い出して何度も一人で抜いた。従兄にもドン引きされた。初めて直接千景に触って貰えたこのチャンスを自分は何か無駄にしてしまったのだろうか。追い出されてしまうのだろうか。二度と会えなくなってしまうのだろうか。  そろりと千景の顔を覗き込むと聞こえる静かな寝息。 「もうっ!」 「ん……」  リビングで寝落ちてから何時間経った頃か、千景の意識が浅く浮上した。ベッドに眠っている事にはすぐ気付いた。千景は酒で記憶を失った事が一度もない。だからこそ自分が玲於にした事もしっかり覚えていた。普段ならば酒を飲んで寝た時は何があっても朝まで目を覚まさないはずなのに何故今日に限って浮上したのか、千景が思考を巡らせる中普段とは異なる違和感があった。 「……ちかにぃ」 「な、あっぅ……」  玲於に呼ばれた。いつもの事だったので返事をする必要は無いはずだった。  玲於の手の動きが普段とは違っていた。いつもならば肌をぺたぺたと触るだけで満足していたはずが、玲於が今触れている所は普段とは違う。玲於の指の腹は千景の胸の突起を優しく撫で、突起もそれに呼応し屹立を示し始めていた。寝ている間ならば大した事では無かっただろう、この行為そのものが千景を深い眠りから覚まさせたと言える。  指の腹で撫で回したり、爪で先端を引っ掻いたり、時折捏ねくり回したりと玲於は様々な刺激を千景に与えてくる。  先程のディープキスで千景は満足したものの、若い頃のような反応は示さなかった。その程度の事ならば酒が入っていても理性でなんとかなる範囲の事だったからだ。 「ちかに……かわい、ココ……」  背中を向けている状態で千景は更に顔を枕へと向ける。思わず声が漏れてしまいそうだったからだ。寝ている事にしておけばそれ以上はどうにもならない。寝ていたから知らないと何とでも言い訳が出来るからだった。  違和感はもう一つあった。普段の玲於ならば体を撫で回し首筋を舐め回す程度だったのだが、今この時は玲於が背後で動いている。呼吸も普段以上に荒い。その理由が千景にはすぐに分かった。正直なところ分かりたくはなかった。千景が寝落ちた時着替えが不十分だったはずである。千景は自分で寝間着を着た覚えは無かった。上半身は確かにいつものスウェットを着ている。その中に玲於は手を入れているのだ。下半身はというと――ズボンを穿いていない、明らかに両足は露出した状態だった。合わさったその両足の間に先程からずっと何かが抽出を繰り返している。響く粘着質な水音と当たる肉の音。玲於は千景の両足を使って自慰を行っていた。  千景は後悔した。自覚してしまったそれは瞬く間に火がついていく。内腿が震える。玲於が擦れる度に先端から先走りが零れ落ちる。 「……ッ、……は……ぁっ……ぅんん……」  声が抑え切れなくなってきた。枕に押し付けても隠しきれない吐息を聞いて玲於は千景が起きている事に気付いてしまった。  玲於は千景の肩を掴んで自分の方を向かせようとしたが、玲於は枕を掴んだまま小さく頭を左右に振った。  玲於は今千景がどんな顔をしているのか見たくて仕方が無かった。怒っているのだろうか、それともあの時のように上気した欲に融けた顔だろうか。玲於の行動はいつも綱渡りだった。千景に嫌われたくないという気持ちが先走り、思いを行動で表わせられないでいた。  愛しているという本気を千景に伝えたい。千景に拒絶されたら玲於はきっと生きてはいけない。それならばいっそ二度と会わない方がマシだった。  千景の気持ちを知りたかった。弟以上の感情を自分に対して抱いてくれているのか。 「……嫌なら逃げて」  玲於の精一杯の言葉だった。千景が嫌ならば態度で示して欲しい。嫌でないのならばこのまま受け入れて欲しい。首筋に唇を近付け、大きく口を開いて、噛み付いた。 「れ、おっ……」 「――ッ!!」  じんわりと、千景の足の間と腹部に生暖かい液体が広がる。

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