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 深夜の住宅街は街灯も少なく、コンビニエンスストアなども駅前と異なり少ないので碌な照明もない。元々治安が悪い方ではないので夜中に集まって騒ぐ若者もおらず静まり返った暗い夜道は不気味ささえも感じられた。  もしこれが徒歩三十分であったり、電車などの公共移動手段を使う必要のある距離だったならば冬榴も頻繁に秋瀬の部屋に姿を現すことはない。十分という歩いて行ける距離であることが冬榴を度々呼び出すことに繋がった。  救いがあるというならば、秋瀬宅で行われる食事の材料費は全て秋瀬と春杜持ちであることだった。月に数回、多ければ週に数度往復二十分程度の手間をかけるだけでタダで食事にありつけると考えた時、冬榴の中でデメリットよりもメリットが大きくなった。  これまでならば帰宅する春杜に付き添い駅まで見送ることが多い中、秋瀬の部屋に泊まっていくことも全く無いわけではなかった。片道十分の道のりを一人で帰宅することは今に始まったことではなく、静寂に満ちた住宅街は考え事をするのにも丁度良かった。  普段と違うことといえば冬榴の真隣に夏井がぴったりとくっついて歩いていること位だった。 「……なんで着いてくんの」 「送るって言ったじゃない?」 「要らないって言った……」  冬榴が態とらしくため息を吐いたところで夏井には一切通じない、それは分かりきったことだった。こうなる前に秋瀬と夏井のシェアルームを後にしたいと考えていた冬榴だったが、この日ばかりはタイミングが悪く夏井に自宅まで送られる羽目になってしまった。  夏井とは高校時代からの同級生であると秋瀬から聞いたことがあった。八重歯が特徴的で日焼けした褐色の肌に薄い金髪が如何にも軟派男を象徴する秋瀬と、対照的に風になびく程度の緩くウェーブかかった黒髪を揺らし黒いアルミフレームの眼鏡を携える夏井。二人とも学生時代は運動部に所属していたという話をどこかで聞いた気もする冬榴は自分より幾分か高い夏井の横顔を下からちらりと見上げる。  悔しいけれど顔だけは本当にタイプだ、と冬榴は夏井の顔を見て重苦しい思いを飲み込んだ。 「それにしても意外」 「うん?」  二人の歩調はいつの間にか重なるようにひとつしか聞こえないようになっていた。 「あっきーがさ、あんなに春杜さんにのめり込むとは思わなかった」  愛称で呼ぶほど親しい間柄であることは今更説明されなくても分かっていたことだったが、冬榴は夏井のその一言に僅かな引っ掛かりを覚えた。  確かに冬榴が知る限りの秋瀬は男女問わずに相手を取っ替え引っ替え状態で、一ヶ月続く相手の方が珍しい程だった。冬榴よりもより長い時間を秋瀬と共にしてきた夏井の目から見ても春杜への溺愛ぶりは天変地異の前触れかのような異常事態に見えた。 「秋瀬が冬榴さんに頼んだんでしょ? 春杜さん紹介してって」 「ん、まあ……」  夏井の告げる言葉が、嫌という程冬榴に現実を突き付けてくる。  冬榴が秋瀬と知り合ってからはそろそろ二年といったところで、二人の出会いは同じファミリーレストランのアルバイト同士だった。元々女性に好かれる長身と容姿を持ち、その軟派な性格からもスタッフや客問わず人気者の秋瀬は冬榴にとって苦手な部類の人物だった。  深夜でシフトが被ることも多くなり、必然的に会話をする回数が多くなれば秋瀬が人に好かれる理由も何となく分かる気がした。秋瀬は天然の人たらしで、その対象は女性のみならず、男性である冬榴も秋瀬の仕事に対する姿勢だけはすぐに一目を置くようになった。 「春杜さんは冬榴さんの親戚なんでしょ?」 「ん、まあ」  そんな秋瀬が深刻な顔をして冬榴に土下座をしてきたことは半年前のことであってもまだ記憶に新しい。理由を問えばシフトの無い日に冬榴がたまたま春杜と共にアルバイト先のファミリーレストランに食事をしに来たとき、その日シフトが入っていた秋瀬が春杜に一目惚れをしてしまったのだと言う。冬榴の知り合いであるということは秋瀬にも一目で分かり、どうにか紹介して貰えないかと見事な土下座を目の前で繰り広げられた日には冬榴も春杜の都合のつく日を聞かざるを得ない状況となっていた。  春杜と共に冬榴が秋瀬の部屋に訪問することとなり、冬榴がルームメイトの夏井と知り合うことになったのもそのすぐ後のことであったが、初対面の段階で冬榴は夏井の外見に惹かれながらも同時に苦手意識を抱くようになっていた。 「よく秋瀬に紹介出来たよね」  冬榴の足が磁石で貼り付いたかのようにその場に留まる。先程まで並んで歩いていた冬榴が突然足を止めたことに気付いた夏井も数歩進んだ後に足を止めて冬榴をゆっくりと振り返る。 「どういう意味?」  夏井が足を止めたことを確認した冬榴は僅かな怒気を孕んだ声色で夏井に問う。先程から何を聞いても適当な相槌しか打っていなかった冬榴がようやく自分の話題に反応したことを認識した夏井は爽やかな笑みを更に濃いものにする。 「冬榴さんだって知ってるでしょ、秋瀬の下半身事情」  二年間同じアルバイト先で働き且つ同性ともなれば冬榴の耳にも当然そういった話題は入ってくる。あくまで冬榴の認識する範囲の話ではあったが秋瀬にとっての恋人と呼べる相手は春杜が初めてなのではないかと考えられる程、それまでの相手との関係性は酷く断定的なものであった。その為にそれぞれの期間が短いどころか、複数と時期の被りがあっても秋瀬の中ではセーフなのだと聞いた覚えがあった。 「冬榴さんは秋瀬のバイト仲間だって聞いてたけど」  かまいたちのような突風が闇夜を切り裂く音がした。 「本当にそれだけ?」  なびいた前髪の隙間から向けられる双眸は、冬榴にとってこの上なく邪悪なものに見えた。  秋瀬との関係を疑われていることは冬榴にもすぐに分かった。秋瀬にとって相手に対する好みはあってないようなものであり、自分に好意を持つ相手ならばそれこそ男女も問わない。だからこそ春杜に対して一目惚れをしたと聞かされた時冬榴は大層驚いた。 「――そういうとこが」  顔だけはタイプなのにどうしても冬榴が夏井を好きになれない理由はそこにあった。  顔を合わせる度夏井はこのような言動で度々冬榴にちょっかいをかけてくる。大げさに騒ぐほどのことではないので春杜経由で夏井に抗議するようなことはこれまでして来なかったが、冬榴が夏井と距離を取りたいと考える理由には充分過ぎた。

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