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Ⅵ
どこから見られていたのか、冬榴には周囲に気を配る余裕が無かった。春杜を抱き寄せたまま目を丸くしてそこに立つ夏井を見上げる。
目の前の春杜に気を取られていたとはいえ、大事になっていたことは否定が出来ない。それこそが、冬榴が最も恐れていたことだった。
――人間ではない、それを知られることが。
この場を上手く切り抜けられるような話術を冬榴は身につけていなかった。
ただ夏井を見て固まるだけの冬榴の横をすり抜け、一人の男の手が夏井の顔面に翳される。
「眠れ」
一族の中でも出来ることと出来ないことの差は顕著だった。
冬榴の家系は常人離れした怪力とそれに伴う身体能力であり、その握力は人間の頭蓋骨を片手で粉砕することも出来た。
一族の当主である春杜の家系は自然の摂理に反した再生であり、それは不死にも近い。
そして冬榴と並ぶ御三家の一人である夾竹の家系は使い方によっては他者を廃人に追い込むことも出来る催眠術を得意としていた。
「夾竹、さん……」
夾竹の言葉と共に夏井は膝から崩れ落ちる。冬榴の肩がぴくりと動き夏井を支えようと働いたが、それを許さないのは完全に形を取り戻し再生した春杜だった。
視線だけがしかと夏井へ縫い留められ、今にも駆け出しそうな冬榴を逃すまいと春杜はその冬榴の首に両腕を絡めてしがみつく。服までは再生出来ないため玄関先で全裸の春杜に抱きつかれている状況だった。
「――夾竹、サトシくんを家まで送ってあげて」
「畏まりました」
春杜からの指示を受けた夾竹は家主である冬榴の許可も待たず部屋へと上がり込むも、その際スーツの上着を脱いで冬榴へと手渡す。
玄関先の出来事を見る為にズボンだけを履いて出てきた状態の冬榴は夾竹から上着と共に意図を汲み取り、全裸の春杜へ羽織らせる。
冬榴は倒れ込んだ夏井を夾竹が抱え上げる様子をただ視線で追うことしか出来なかった。この状況で一番に優先することは春杜の身であることは冬榴の身体に染み込んだ逃れられない責務だった。
冬榴が手を下した玄関前に転がるストーカーの男も、焼け焦げた春杜であった残骸もこれから現れる一族の者が片付けてくれる。最初からここでは何も起こらなかったかの様に。
変えられないものがあるとするならば夏井の記憶に刷り込まれたであろうこの惨劇の一部始終だったが、それすらも夾竹の催眠術にかかれば綺麗さっぱりと無くしてしまうことが出来る。
ただピンポイントで事件の記憶だけを消すということは夾竹でも難しいらしく、その場合に消されるのは事件とそれに関わる――数時間前冬榴と過ごした時間の全てとなる。
ひんやりとしたものが唇に触れ、冬榴はそれが春杜の唇であるということに気付いた。
「柘榴、お前の精気少し分けて」
再生することが出来るといってもそれには尋常ではないエネルギーを消費する。再生直後の状態は人間でいえば貧血にも近いもので、手っ取り早く体力を回復する為に春杜が欲するものは精気だった。
冬榴に拒否権は無く、春杜に押し倒されるまま玄関の中へと倒れ込む。天を仰ぐ冬榴の視界を玄関へ向かう夾竹が横切り、その両腕には意識を失った夏井の肢体があった。
「樒さん……もしかして、わざと……」
春杜は冬榴の胴の上に跨り視線だけを動かす冬榴の胸元から臍へと指先を滑らせる。
「サトシくんを追うか、俺を選ぶか。今決めろ」
冬榴の足元で玄関扉の閉まる音が無情に響く。
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